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駄菓子屋は夜を行く2

「過去が変えられるお菓子屋があるの知ってるー?」

 きゃいきゃいと声を上げながら小学生男児が友人たちに話しかけている。その手には銀貨が一枚握られていて、これから正にその「お菓子屋」に行くのだと言外に告げていた。

「変えたい過去、変えますってやつだろ?」
「知ってる。あそこのおばさんが看板下げてるの見た」
「過去なんか変えられるわけないじゃん! 過去が変わったら今の俺たち消えちゃうんだぜ?」

 公園かどこかに遊びに行く前に、菓子を買い込もうというのだろう。俺、百円持ってきた。俺は二百円持ってる、などと言いながら歩く少年の集団の後ろで、茶色の長髪をストレートに下ろした女子高生が一人、静かに歩を進めていた。

「そもそも俺、消えたことないし!」
 そういって走り出した少年を、他の少年たちが追いかけて走り出した。
 女子高生は小学生の集団が走って駆け込む先を見つめる。

「変えたい過去、変えます」

 確かにその看板が下がっていた。
 駄菓子屋である。

 人通りの少ない、だが広い道の隅にぽつんと佇んでいる駄菓子屋は、女子高生……城田カナが子供の頃に食べていたなつかしの菓子を並べている。その駄菓子屋の横開きの戸に、看板が下がっているのである。

 なんともミスマッチな光景に圧倒されつつも、城田カナは駄菓子屋へ向かって足を進めていた。
「すみません……」

 駄菓子屋に入って声をかけるが、誰も出てこない。小学生たちが好き勝手に商品を選んでいるだけで、店員らしき者の姿はなかった。

「あの……」
 城田カナが声を上げる。
 そのときだった。

「たぬきー! お客さん!」

 小学生の一人がそう大声を上げて、駄菓子屋の奥を覗き込んだのは。

 のそのそという足音がして、ややあってレジの前に姿を現したのは、茶色のぼさぼさ髪に眠たそうな目、そして丸い鼻、作務衣の上から赤いちゃんちゃんこを着て、首から小さな鏡を提げた……見た目でいえば三十代かそこらの女性だった。

「君たちもお客さんでしょうが」
 手早く会計を済ませて小学生たちから代金を受け取った女性は、去っていく子供たちを見送り、そしてカナの方を向く。ちらりと鏡の中を覗き込み、何やら小さくため息をついた彼女が、静かに呟いた。

「どうも、たぬきです……お菓子ですか? それとも、例の噂?」

 いつからか、この町には「過去を変えられる店がある」という噂がたっていた。一年前だか、三年前だかも分からない。だが不意に噂が立ち、急激に浸透していったのは確かである。

 始めは興味などなかった城田カナだったが、最近になって急にその噂が必要になったのだ。そこでまことしやかに囁かれている地へ足を運び、小学生たちの言葉と、本当に看板が下がった駄菓子屋を見つけたのである。

「噂のほうで……それにしても、たぬき? どういうあだ名なの?」
「私の名前が綿貫わたぬきなんですよ。それで、たぬき」
「ああ……そうだったの」

 茶のロングヘアーをさらりとなびかせて、カナは小さく頷く。質問してきたくせに綿貫の由来になど興味はないようだった。どこか思いつめた風である。

「過去を変えられるって噂は本当なんでしょうね?」

 カナはぼさぼさ頭で作務衣姿の女性にきつい視線を向けると、無遠慮に尋ねる。
 気を害した風でもなく、綿貫は肩を竦めてのんびりと、そしてどこか半分諦めたような顔つきで返すのだった。

「望み通りに変えられる保証はないですけどねぇ」
 噂は本当だったのだ。
 カナは駄菓子屋店主の言葉に食いついた。

 必死な様子で綿貫を見る城田カナは、一気に距離を詰めて来る。思わず仰け反って詰められた分だけ距離をとろうとする綿貫の肩を掴んで、カナは言う。

「変えてあげたい過去があるの!!」

 城田カナはきつく拳を握って語りだした。胸の中にある重たい痛みを、そっと、しかしそれは辛そうに口にしていた。

「親友が……親友が死んだのよ」
「あぁー。それは、お悔やみ申し上げます」

 ぷしゅっ、と軽い音。炭酸の蓋が開けられた音。カナがはっと顔を上げると、そこには駄菓子をつまみに缶ビールを口にする綿貫の姿があった。

 あぁ、と小さく声を上げてもう一口ビールをすする綿貫に、カナは呆然とした。呆然とした後、信じられないくらい頭に血が上っていくのを感じて、自分を止められなかった。

「真剣な話をしているのよ!! 私は!!」
「大丈夫、大丈夫、ちゃんと聞いてますよ」

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