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春の雨7

 巨大な蛇は威嚇こそすれ、男たちに攻撃を加えたりはしない。それをいいことに酒に酔った暴徒共は蛇神の体に傷をつけ、未だ、その調子だ、と気炎を上げていた。

 何故反撃をしないのだろう。
 階段の下で痣ができた体を引きずりながら、春が壮絶な光景を見つめている。
 とにかく止めなければ。警察に連絡を。それから、蛇神様を助けなければ。

 ぞくりと背筋が粟立つ。蛇は未だに苦手だ。見るのも恐ろしい。
 しかし鳥居に絡みついた巨大な蛇は、あれはミコトなのだ。優しく飄々とした、神主のミコトなのだ。
 助けなければ。
 蛇は怖い。
 言っている場合ではない。
 どうすれば。

 階段は男たちが占拠していた。上ればまた突き落とされるに決まっていた。
 弱った風に鳥居を見上げる。切られ、血を流していた蛇と目が合った。

「来なくていい!」

 ぼんやりとはしていたが、間違いなくミコトの声が響いた。

「危ないから逃げなさい! 春ちゃん、君は近づかなくていいんだ!」

 蛇が喋ったことに男たちがたじろぐ。その一瞬を逃さず、巨大な蛇は真っ白な尻尾で男たちをなぎ払い、距離をとった。
 春が逃げるために時間を稼ごうとしているのだ。
 どこまで優しいのだろう、ミコトは。
 春の目が潤む。

 とび職の男がノコギリで蛇神を切りつけた。鱗が飛び散るのが見えた。
 蛇神は逃げることができない。今逃げては春が危ない目にあう。だからこそ春はこの場から立ち去らなければいけない。

 春は蛇神を、ミコトを助けたい。なので、立ち去るわけにはいかない。
 無抵抗な蛇が、傷を増やしていった。

「どうしよう」

 春が涙ながらに呟く。
 どうすれば助けられるのだろう。
 ミコトの優しい顔が頭の中を過ぎ去っていった。

 勉強を教えてもらったこと。こっそり賽銭をくすねてアイスを買ったこと。神社や蛇神の潔白を知ったこと。悲しい歴史を聞いたこと。

「……そうだ」

 春は顔を上げる。
 そこにはもう、悲しみの色はなかった。
 自分にはやるべきことがある。
 神社から遠ざかっていく春を、男たちは笑ってみていた。

 蛇神は安心した様子で春を見送る。そして暴徒に向かい精一杯の威嚇を行う。
 蛇は既に大量の血を流しており体力も残されてはいなかったが、それでも神社を守るため、春の無事を守るため、精一杯の応戦をし始めたのだった。

 春は警察に連絡する。
 公衆電話から住所と暴徒が暴れている旨を伝えると、電話を切る。
 警察が来るのを待っている気はなかった。
 そのまま神社の裏手に回る。

「あの様子じゃ、助からない……私が突っ立っていたばっかりに……」

 再び涙がこみ上げてくるのを、春は乱暴に拭って走った。
 神社の裏にある、林を掻き分けて入り込んで、何かを探して走り回った。

 ミコトは何と言っていた?

 ――雨乞いのためだったり、信仰心の表れだったり……
 ――悲しいかな、そんな信仰心でも神の力を補強できてしまったから、今でもこの神社があるんだよ
 ――……効果がなければ今頃廃れていただろうからね。

 そうだ。あの泉は効果があるのだ。
 神の力を補強することくらいならば、春にだってできる。だって春は、この神社のことが好きなのだから。
 それをするには春の命が必要だった。
 今にも死にそうな蛇神……ミコトを見て、あの暴徒たちの暴れようを見て、春の決意は決まっていた。

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