春の雨8
鳥居の上では、蛇神の傷口が見る見るうちにふさがっていくところだった。
何が起きたか分からない。暴徒は驚き怯え、そして何よりミコト自身が信じられないという顔をしている。
しゅうしゅうと煙を立てて治癒していく体は神々しささえ感じるほどだった。
境内に飛び散った赤い血溜りの中、真っ白く美しい大蛇が男たちを睨みつけ、そしてはっと何かに気づいたように神社の裏手を見た。
裏手にある林の中を。
濁った水の中は冷たいというよりぬるかった。
目を凝らせば水底には白く尖った骨が至るところに散らばっているのが見える。
自分もそうなるのだと思うと少しだけ怖かったが、それがミコトのためだと思うと、不思議と勇気がわいてきた。
このような事でしか彼を救えない自分が情けない。
それでも、少しの信仰心が蛇神を癒すならば。
春は目を閉じた。
見えない力に水底へ優しく引っ張られるのを感じながら、彼のことだけを思っていた。
「うう……」
蛇が呻く。
体のうちに溢れる力が春の犠牲によるものなのだと理解したミコトは、悲しみの涙を溢れさせていた。
そんな事をさせなければならなくなった自分を恨んだ。
そんな事をさせる要因を作った、男たちを憎んだ。
「あああぁぁぁぁっ!」
蛇神の怒りが神社を震わせる。
暴徒たちが吹っ飛び、ノコギリやオノが次々に男たちの体に降りかかる。
悲鳴が上がった。知ったことではなかった。神の祟りは留まるところを知らない。
次々に声がやんでいく。男たちの体からおびただしい血が流れ出していく。
「春ちゃん!」
惨劇の中、蛇は泣きながら彼女の名を呼んでいた。
「春ーっ!」
激しい豪雨が地面を、鳥居を、木々を叩き始めた。
全ての穢れを流すように。
ミコトの心を表すように。
神社への襲撃があった日から三日間、激しい雨は降り続けたという。
人々は神を更に恐れるようになった。しかし同時に、身を投げた彼女が蛇神を思う心を汲み取り、神社に対する畏敬の念も強くなっていた。
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