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春の雨4

 ある日、水神(みかみ)神社に参拝客ではない人が訪れた。その男はとび職のような風体をしていて、荒々しく階段を上ってくる。
 参道の真ん中を歩き、しげしげと寂れた神社を見渡していた。

 神主のミコトがぴりりと険のある目をして男を見ている。するりと奥に引っ込み、人目につかないようにするミコトとは反対に、春が男の対応をした。

「どちら様でしょうか?」

 とうていお参りに来たようには見えない。神社を眺めては舌打ちをする男に問いかけると、男は振り返って春をじろりと睨みつけた。

「あんた、この神社の巫女か?」
「は、はい……」
「無駄な事するねえ」

 何を言われているのか分からない。言葉を失っていると、男はそれをあざ笑うかのように鼻を鳴らした。春を見下ろして冷たい声で言う。

「こんなボロっちい場所で一人で働いて、それが無駄だって言ってんだよ」
「……何なんですか、あなた」

 ミコトが棘のある視線を寄こした理由が分かった気がする。神主は飄々としているが、おそらく人柄を見分けるのは得意だったのだろう。
 春が敵意をあらわにしたところで、男も喧嘩腰になった。

「ここはどうせ取り壊すんだ! さっさと巫女なんかやめっちまえ!」
「やめません!」

 春は叫んだ。
 自分でも驚いた。
 春の苦手な蛇を祀るこの神社で、時給がいいから留まっていただけに過ぎない神社で、しかし辞めないと春は叫んだのだ。

 いつの間にか、神社のことを気に入りだしていたのだろう。
 男は一瞬怯んだ様子だったが、すぐに顔を赤くした。ぺっ! と唾を参道に吐き捨てる。あまりの無作法に声も出ない春を見て、男は怒鳴り散らした。

「こんな儲からない神社すぐ取り壊してやるよ! 大型の施設でも作って観光地にした方がこの村も潤うだろ!」

 なんて事を。
 春は思わず男の頬を叩いていた。

「何をしやがる!」

 頭に血が上った男に負けず劣らずの勢いで春が言う。

「出て行きなさい!」

 怒りと、悔しさと、悲しみでいっぱいになった言葉だった。命令するような形になった春が男の背を叩く。早く、早く出て行けと声を荒げて鳥居まで押し出した。
 階段から突き落としたかったが、良心が咎めた。

「二度と来ないで! あなたにこの神社のよさが分かるもんか!」
「んだよ! 生贄とってた神社なんか、どうなったっていいだろうが!」

 男が舌打ちをしながら階段を乱暴に下りていく。最後まで道の真ん中を歩いていくとび職風の男に、春は握り拳をぐっと固く握り締め、唇を噛み締めていた。
 涙が零れる。どうしてこんな酷いことを言われなければいけないのだろう。俯いて目蓋を拳で拭った春の頭を撫でたのは、ひんやりした大きな手だった。

「ありがとうね」

 いたわるような声が聞こえる。

「……ミコトさん」
「ごめんね、ありがとう……君はいい子だ」

 優しく後ろから抱きしめてくれるミコトに、春はただ涙を流して身を任せた。
 優しくも飄々とした神主と、寂れてはいるが決して悪い場所ではない神社。村の人は何も知らないのだ。働いたことがある者しか、ここのよさは分からない。

「……生贄をとっていたって、本当ですか?」

 涙を流しながら、力なく春は尋ねる。働く前から耳にしていたことだが、今聞くと更にダメージが大きい。
 春を抱きしめる力を少しだけ強めて、ミコトが小さな声で言った。

「望んでとっていた訳ではないんだよ」

 涙を拭う。春がミコトを見つめる。ミコトは春の頭を撫でて、困ったように笑っていた。
 参道の隅でしゃがみこみ、二人は身を寄せ合うようにしていた。

「要求した覚えはないのだけど、村人が勝手に寄こすようになった、というのが正しいかな。雨乞いのためだったり、信仰心の表れだったり……悲しいかな、そんな信仰心でも神の力を補強できてしまったから、今でもこの神社があるんだよ……効果がなければ今頃廃れていただろうからね」

 春は納得すると同時に、小さな怒りを覚えた。
 勝手に生贄を寄こしておきながら「生贄をとっていた不気味な神社」扱いをするとは何事だろう。

 勿論その中には無知ゆえに不気味扱いをしていた春のような存在もいるだろう。しかし、神社側が喜んでそれをしていたわけではなかったのだ。水神神社の誤解が解けたような気になって、春は少しだけ嬉しく思っていた。

 神社と蛇神の尊厳を、少しだけ知れた。触れることができた。そんな気になっていた。

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