短編小説 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


D.O.G6

 今日は陸の方から公園に行こうと声をかけた。飼い犬の一心はそれはそれは喜び、家中を走り回った。おかげでリードがなかなかつけられず、外に行く気力が削られる羽目になったが、まあいい。
 いつものルートを歩いて坂ノ下フレンドリー公園まで向かう。途中ですれ違う人々も、多少怖くはあるが今の陸にとってはただの景色に過ぎない。百合子と会うのが楽しみであるのだ。
 今日はハナに食べられても困らないようにおやつを二袋に分けて持ってきた。これならば一つはハナにくれてやっても一心が泣くことはない。流石に二回連続でおやつを横取りされた哀れな愛犬に同情の念が抑え切れなかったからだ。
「ご主人、他の飼い主とも話したらどうだ? いい人そうだったろ」
 短く持たれたリードのせいか、それとも元々陸の傍にいるのが自然なせいか、ぴたりと寄り添うように歩いていた一心が愛する飼い主に向かって問いかける。
 ……風の音だけが場を支配した。
「いや、まあ、最初は一人から慣れていかないと」
「俺は最初から十頭くらいと仲良くなれたぞ?」
「お前のポテンシャルと僕のを一緒にするなよ」
「ご主人、案外ポンコツだなぁ」
「煩い。おやつ抜きにするぞ」
「そんな!」
 周章狼狽とはこのことか。まるでこの世の終わりのような表情を浮かべ、神は死んだとばかりに陸を見つめてくる瞳の悲しいこと。
 こうまでおやつに執着しているあたり、一心もハナに負けず劣らずの食い意地ではないかと勘繰る陸である。
「冗談だよ……うわ、すみません……」
 どすん、と誰かにぶつかった。
 顔を上げて謝ろうとした陸が固まる。目の前にいる人物たちを直視したくない。過去のトラウマを呼び起こされる。いや、もう既に呼び起こされた。

「はぁ? どこ見て歩いて……おい、空海じゃね? はは、空海だ! 不登校の!」

 中学時代の同級生。
 いじめによって陸を人間不信に陥らせ、引きこもらざるを得ない現状を与えた張本人たちが、たむろして陸の前に立ちはだかっていた。
 それは偶然だったのかも知れない。普段ならばこの道を歩くことなどないだろう離れた場所に住む彼らだったが、きっと今の集団の中にここらで暮らす者が混じっていたりしたのだろう。しかし偶然にせよ最悪の顔合わせだった。
「まだ引きこもってんの? 昔のことなんだから忘れればいいのに」
 いじめた張本人が悪びれもせずに言う。
 ぐる、と何かが渦巻く音が聞こえた。
「行くよ、一心」
 急転直下、地に落ちた精神をなんとか保ち、陸が足早に公園へ向かおうと住宅地を抜ける。しかし集団はついてきた。駆け足の音が聞こえ、陸の目の前にリーダー格の男が割って入ってくる。
 避けようとした。
 肩を掴まれた。
「なあ、お前が俺たちを無視していいとでも思ってんの?」
「なーまゴミ! なーまゴミ!」
「ひっきこもり! ひっきこもり!」
 謎のコールと笑い声。高校生にもなってなんだ、この様は。
 中身がまるで成長していないじゃないか。
 胸中でいじめの加害者たちを侮蔑する陸の足元で、やはり何かが渦巻く音が聞こえ続けている。
 昔のターゲットにまだ固執するという事は、現在、彼らは自身が置かれている現状に満足できていないという解釈で間違いないだろうか。中学生時代の地位が脆くも崩れ去っているから、中学生時代の同級生だった陸に偶然出会えたことでこうも盛り上がっているのである。
 いい迷惑だ、と陸は思った。当然だ。
 ぐるぐると渦巻く音が、大きくなっていく。
「手首切ったことある? 見せて?」
 笑いながら男が陸の手を掴んだ、その時だった。

「貴様らいい加減にしろ! 食い殺すぞ!! 俺の主から手を離せ、外道ども!!」

 足元からの怒声。
 あまりにも大きな叫びに固まる元同級生たち。
 男が驚きのあまり手を離す。
 それを見た怒声の主は、途端にリーダー格に向かって飛び掛った。
「駄目だ! 一心!」
 とっさの判断だった。抱きしめるようにハスキー犬を取り押さえ、未だに唸っている彼の頭を一生懸命に撫でてやる。それでも一心の怒りは収まらない。大好きなはずの陸が抱きしめているのに、それを振り払おうとまでしているではないか。
 物凄い剣幕で怒鳴られ硬直していた加害者グループが、引きつった顔で陸と一心を見ていた。
「な……何なんだよ……きめえよ、お前」
「こら! 何してるの!」
 直後に第三者の怒声が響いた。

prev / next

[ しおりを挟む | back ]