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D.O.G5

 翌日。
 陸は再び坂ノ下フレンドリー公園に来ていた。
 陸が来たかったわけではない。一心が昨日のことを嬉しそうに何度も話すものだから、今日も行ってやるかと重い腰を上げたのだ。
「あ、陸さん! 一心くん!」
 呼びかけられてびくりと固まった。
 声がした方向を見れば、パグを抱いた女性が此方に向かって手を振っている。こげ茶色のロングヘアー。百合子だ。
「あ、ど、どうも」
 一心が相手であれば平気なのに、人間を相手にするとどうも陸の言葉は詰まってしまうようだ。小さく会釈をして、近づいていく。
 嬉しそうな百合子が陸に駆け寄ってきて、パグのハナは一心にじろりと睨まれていた。昨日の恨みだそうだ。ちなみにハナは全く気にしていなかった。
「今日も来てくれたのね、陸さん。昨日はごめんなさい、ハナによーく言っておいたからね!」
「あ、はい……いや、その」
 好意的な態度で接されると困ってしまう。今まで陸は誰かの悪意を想定した生活しかしてこなかったのだ。それがどうした事だろう、百合子はまるで陸に悪意を抱かない。
 なんでこんなにフレンドリーなのだ。
 ここが坂ノ下フレンドリー公園だからか。
 関係ないな。
 思考を振り払って、また大木の下に移動した。木陰なので気持ちよく、公園の中央だというのに……いや、中央だからこそだろうか、ベンチのない大木の根元には誰も近寄らない。虫が落ちてくるかも、なんて言っている飼い主もいたが、ならそもそも公園に来るべきではない。そこらじゅうにいる。
「あなた無口ね」
 百合子の腕の中でハナが呟いた。
「何か話しなさいな、百合子が退屈するじゃない」
「あ、こら、ハナ! ごめんね陸さん!」
「……いえ」
 ハナに振られて、陸は初めて自分を省みた。そういえば一心とハナの会話や一心と陸との会話はあったが、百合子と陸はあまり話したことがない。犬を仲介役にして出会ったのだから仕方ないといえば仕方ないが、話さないと失礼にあたるだろうか。
「……僕は……一心のこと、大好き、で、その」
「うんうん」
「……ちょっと馬鹿っぽいところとか、あるけど」
「何だとご主人」
「本当に、いつでも僕の隣に、いてくれて……自慢の愛犬で」
「あら、愛されてるじゃない、一心。百合子に負けないくらい愛が感じられるわね」
 こんなにたどたどしく話しているのに。途切れ途切れで、あー、だの、うー、だの言っているのに。百合子もハナも嬉しそうだ。
 上機嫌で話を聞いてくれる、不思議な人たちだ。
「ゆ……百合子さんは?」
 思わず話を振って自分の番を終わりにしてしまった陸だが、百合子は気にしていないようである。ぱっと顔を明るくし、あのね、と話し出した。
「私も、愛犬のハナのこと、大好きなの!」
「……分かります」
「本当? うれしい! それに、こうして陸さんと知り合えてお話できて、それもすごく嬉しいの。私、ここら辺に引っ越してきたばっかりで……」
「あ、そ、そうなんですか」
「うん、お友達ができてよかった」
 お友達。
 そんな大層なものになれるのだろうか。
 陸の心にもやがかかる。百合子は当然気づかず、ハナの頭を撫でながら続けた。
「本当に昨日はごめんね、陸さん、一心くん。ハナったら食い意地が張ってて」
「……はい、いえ」
「おわびに一心くんの分もおやつを作ってきたの。良かったら食べて?」
 おやつ。そこでふと思い出した。そういえば毒団子を食べて死んだ犬がいるとか。……まさか百合子が、一心を。
 一気に警戒状態になった陸の前に差し出されたのは
 花の形をしたクッキー。
「……じ、上手、です、ね」
「よかったぁ……一心くんに喜んでもらおうとおもって頑張ったの……って、あ! こら! ハナ! なんで、だめ……あああぁぁぁ!」
 ハナが食べつくした。
 クッキーを地面に置いた瞬間、即座に。ばりむしゃむしゃと。
「俺のおやつ! ご主人! 俺のおやつが!」
 戦慄する一心を落ち着かせるために抱きしめてみたが、陸の震えの方が止まらなかった。
「……ぶふっ……ふふふ」
「陸さん、ちょっと、笑わないで……あはは、もうやだぁ」
 ハナがぺろぺろと口の周りをなめまわしている。一心が落ち込んだように陸にもたれかかる。飼い主二人が緩く笑いあっていた。
 百合子といると、退屈しない。

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