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D.O.G7

 百合子だ。
 彼女は駆け足で此方に近づいてくる。表情は恐ろしく強張っていて、陸と一心の様子を認めた瞬間、顔つきが怒りに変わったほどだ。
「あなたたち、何をしているの!」
「え、だ、誰……」
「もういい、行こうぜ、ほら」
 うろたえる加害者集団がうずくまる陸と唸る一心を置いて足早に去っていくのを見届け、こげ茶色のロングヘアーをなびかせた百合子が走りよってきた。一心の大声に住宅の窓が開けられ何事かと伺ってくる人も見受けられたが、それに構っている余裕など陸にはない。
 ハナが、吠えていた。
 きゃんきゃんと怒りを込めて、いじめの集団に向かって吠えていた。
「大丈夫? 陸さん」
 百合子が座り込んで様子を伺ってくる。陸は何も答えない。答えられない。
 自分の存在が場違いだったのだと強く後悔の念を抱くしかできなかった。トラウマは根深いのだ。
 一心が怒りの矛を収めて陸を見つめてくるが、陸はそれにすら反応することができない。
 怯えていた。
 完全に怯えていた。
 昔の自分が簡単に戻ってきてしまったのだ。ショックだった。公園に行こうなんて自分から言い出さなければ良かった。皆敵なのかも知れない。あいつらは何故ここへ。思考がまとまらない。
 思考がまとまらないまま、百合子を見る。
「陸さん?」
 首をかしげる彼女を。
 彼女もまた、内心では何を考えているか分からないのではないか。それはそうだ。完全に理解しあえる人間などいない。
 こうして人のよさそうな顔をして……彼女は……百合子は、胸中で陸を疎ましく思っているのではないだろうか。


「まったく! 酷い人たちね! なんて事を言うのかしら! もっと怒ってもいいのよ、陸さん!」
 そんな事はなかった。
「私の初めてのお友達を悲しませるなんて、最っ低! 信じられないわ!」
 裏表なく、ただの友達だった。
 陸や一心が呆然とするくらい怒りをあらわにする百合子は、同じくぷんぷんと怒っているハナを抱いて、いじめっこなんて最悪! と何かの同盟を組んでいる。追放よ、追放! とどこからどこに追放するのだか分からないが、勢いをつけて言い放っていた。
 フレンドリー公園の名にそぐわない敵対意識でもって、中央に位置する大木の根元で。
「……すみません……」
 陸は思わず謝った。
「え? な、なんで? どうして? 陸さんは悪くないのに……も、もしかして、私、怖かった?」
 あたふたと顔色を伺ってくる「友達」に、陸は首を横に振る。
 そうではない。
 申し訳なかったのだ。
 百合子を疑うような真似ばかりしてしまった。
 彼女はこんなにもまっすぐだったのに。
「……僕は、自分が恥ずかしいよ」
「どうしてそんな事……陸さんは恥ずかしくなんて……」
 ハナをゆっくり地面に下ろし、百合子は陸の手を取った。
 緑溢れる公園で、風の音が大きく響く。
 飼い犬と飼い主たちは沢山いたが、陸は大勢の他人を気にしなくなっていた。百合子の優しさが直球で胸にしみこんでくる。
 涙が出そうだ。
「そ、そうだ」
 ふと思い出した。
 おやつを持ってきていたことを。
「あの、ハナちゃんに、あげて……ください。ビーフジャーキーなんだけど……一緒に、どうですか」
「え? 本当に? わあ……私もね、クッキー、再挑戦してきたの! 一緒にどう? ね?」
 お互い、顔を見合わせて笑う。
 陸の心の傷は癒えないが、今、目の前にいる友人を見ることにためらいはなかった。
「一心、おやつにしよう」
 愛犬に声をかけた。一心は尻尾を振って、そしてハナのほうへ向き直る。
「ハナ、ご主人がおやつをくれるってよ! ……おい、ハナ」
 一心の尻尾が、止まった。
 座ってぴくりとも動かないハナに近づく。
 百合子も、ハナの異変に気づいたようだった。

「ハナ……お前、何を食った?」

 一心の緊張した声で陸もそちらを見る。そして愕然とした。
 先ほどまで元気だったハナが。
 陸や一心のために吠えてくれたハナが。
 真っ青な顔で目を見開き、その場に倒れこんだのだから。

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