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D.O.G4

 一心は誇らしげに話す。
「俺のご主人を見てくれ、凛々しい顔立ちだろう」
 親馬鹿ならぬ飼い犬馬鹿である。
 陸は根が暗い表情を隠しもせず、じっとりとした目つきで一心を見た。俯きがちなので顔に影ができている。これのどこが凛々しいというのだろう。
「それに優しい。俺を撫でてくれる手つきなんてプロ顔負けといったところだな」
 陸が一心を大好きなように、一心もまた陸を大好きなようだ。
「俺はこの方を世界一のご主人だと自負している」
 しかし褒めすぎもいいところだ。ニコニコと笑いながら話を聞いている百合子という女性も、内心ではあまりの落差に失笑しているだけなのでは……。思わず疑念がよぎるほど一心の誇大表現がものすごい。
 仕方ない。陸が一心の口を塞ごうと、ポケットに入れていたおやつを取り出した瞬間だった。
「あら、気が利くじゃない」
 ハナに食べられたのは。
 それはもうスピーディーに食べられた。出した直後にぺろりだ。
「あ、こらハナ! 駄目でしょ、勝手に食べたら!」
「ぬお……それは俺のおやつだったはずだ」
「いいじゃないの。美味しかったわよ」
 何がいいのだろう。パグのハナは口元をぺろりと舐め回しながらしれっと言う。
 一心が唖然とした顔で陸の手の中を覗き込み、次に陸の顔を見上げた。また手の中を覗く。また顔を見る。
「ご主人……」
「……」
「ご主人っ……!」
 陸は、手のひらをパーの形にした。
 一心の時間が止まる。
 坂ノ下フレンドリー公園中央にそびえる大木の下で、風に吹かれたハスキー犬が真っ白になっていた。
「……もう……ないのか?」
 頷く陸。愕然とした顔つきでハナを見て、陸を見て、口を大きく開けたまま声が出てこない一心。
 心配になってきた陸がハスキーの背を撫でてやろうと手を伸ばした直後
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
 遠吠えだろうか?
 遠吠えにしては悔恨の念が強い。
 公園のど真ん中で叫び声を上げた一心がそのまま陸にタックルし、あんまりだ、俺のおやつが、散歩後の楽しみが、と喚きだした。
 思わず抱きしめる陸。申し訳なさそうな百合子。悪びれないハナ。
「ご主人、俺は……俺は……この先どうやって生きていけばいいんだ」
「帰ったらあるから、おやつ」
「飢え死にする……悲惨だ」
「しないしない」
 一心の狼狽振りに何事かと犬たちが集まってきた。それに伴い飼い主たちも心配そうに。一心を落ち着かせなければ、今度は陸がキャパシティオーバーでパニックになりそうだ。
 どうしたの、と尋ねられ、答えてくれたのは百合子だった。
「ハナが一心くんのおやつを食べちゃって……」
 笑い声が起こった。
 何だそんなことか、と。
 微笑ましかったらしい。飼い主の奥様方が陸と一心を見てくすくすと笑っている。
 中学時代の同級生たちと被った。
 陸を見てくすくす笑う、いじめの犯人たちと。
 奥歯を噛み締めながら一心を撫で続ける。一心は次第に陸に甘えるような声を出し始め、首をこすりつけてきた。
「ああ……やっぱりご主人は最高だ……俺の自慢だよ」
 撫でる手つきにご満悦な一心である。
 それを聞いて、少しだけ溜飲が下がる陸だった。
「……そうかい」

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