追想

「苗字のおじさん」
「ん?ああ、祐未ちゃんか」
「難しい顔をしてたので、どうかしたんですか?」

ファフナーの整備員として参加した苗字のおじさんは、お父さんと仲が良くてよく家に介護のお手伝いにも来てくれていた。そのおじさんが難しい顔をして端末を覗きこんでいるのが、なにか不吉な事があるのかと不安になり声をかける。

「娘には本土への出張って言って出てきたから帰った時のための土産話を考えていたんだが、若い女の子は何を言えば喜ぶのか分からなくってなあ」
「帰った時…」
「土産は持ち帰れねえけど話ぐらいはなと思ってよ、アーカイブを見てたんだ」

おじさんが見せてくれた端末の画面には、今は無い日本の都市の風景が映し出されていた。美味しそうなスイーツや日本の文化である歌舞伎の写真をスライドして見ながら、当たり前のように「帰ったら」と口にしたおじさんに驚く。もちろん私だって父さんのこの計画は生きて帰るものだと思っているけれど、こんな風になんの引っ掛かりもなく言うおじさんに勇気づけられる。それに気がついたのかおじさんは端末から顔を上げて笑った。

「島に戻ったら、また娘と仲良くしてやってくれ」
「はい!」


***


「3番機のパイロット、こっちへ来い!交代だ!」

戦闘中、1機のファフナーが動きを止めた。パイロットと機体が直結しているファフナーは搭乗する人間の意識が無くなれば動かなくなる。新たな手立てとして祐未ちゃんの隣に居た3番機のパイロット、将陵僚くんを呼び交代を命じる。彼は驚異的な精神力でコード形成値を覆す適合率を示しており、パイロットの中でも有望な人材だった。しかしだからといって、子どもを戦わせる免罪符にはならない。娘とほとんど年の変わらない子どもたちを戦場に送り出さなければならない現実。子どもの代わりになれるのならばいくらでも自分たちがファフナーに乗って戦う、しかしファフナーはそれを許さない、そういう機体でしかフェストゥムに太刀打ちできない。
戦闘が行われる表に出て彼をファフナーまで誘導する途中、俺たちを狙ったワームスフィアに見舞われた。今ここでパイロットを失ってしまえばL計画の成功率は絶望的な数値に下がる。何よりもまだ若く未来のある彼らをこんなところで死なせることなどあってはならなかった。俺は咄嗟に将陵くんの体を横に突き飛ばした。

「うわあああああああ!!」

自分の周りを黒い歪が球体状に広がり体が捻じられるような痛みに襲われる。ゼロ次元へ向かって捻じ切られるこの現象を知識として知っていたが実感すると無に引きずり込まれるような恐怖を感じた。
最期に目に映ったのは俺を凝視する将陵くんの丸まった目だった。頭の中では島に残してきた妻と娘の顔が鮮明に思い出される。ああ、ごめんな、土産話も出来なく…な、る。頼、む…生きてく、れ。

ブ ツ ン


***


「将陵先輩も生駒先輩も卒業しちゃうなんてなぁ」
「名前は生徒会じゃないけど仲良かったもんね」
「生駒先輩のお父さんと私のお父さんが仲良くてさ、小さい時は生駒先輩によくお世話になってたから」
「それに、名前ちょっと将陵先輩のこと好きだったでしょ」
「うっ」

真矢お得意のなんとなく分かる、で先制された私はぐうの音も出ず机に突っ伏した。将陵先輩は病気でなかなか学校に来ないけれど、生駒先輩を通じて知り合った。気負ったところがなくて、優しくて、かっこいい。幼馴染のみんなとは違った(ちょっと甲洋に雰囲気が似てるかも、ちょっとね)将陵先輩に惹かれるものもあったけど先輩には生駒先輩がいる。私は生駒先輩が大好きだし将陵先輩も大好き。だから2人が他の人が入る余地もないぐらいの、言葉で表すのも野暮なぐらいの、強い絆を知っている。私はそんな2人が大好きだから。

「ちょっとね、ちょっとだから!」
「うんうん、それで?」
「それでって…もう、これ以上はなんもないって!」

真矢は意地悪そうに笑ったけどそれ以上の追求は無かった。真矢も一騎とか翔子とかいろいろあるし、互いに共感しあえるものがあるのかもしれない。私の将陵先輩への気持ちは浮ついたやつだけど真矢の気持ちはもっと深い、それこそ先輩2人のような。

「そんなこと言う口はおやつで塞いでやる〜!」
「んむっ」

学校に隠し持ってきていたクッキーを真矢の口に押しこんだ。