temptation

「今度のお休みはこのお店に行ってみない? お店のレビュー読んだら落ちついた雰囲気みたいだし、どうかな」
「なにここ、紅茶の店?」
「うん。ケーキとか焼き菓子もあるし五条くんも気に入ると思う」
「へー、それは興味あるわ」
「でしょ!」

 高専の俺の部屋、一つのソファに名前と並んで座った俺は彼女の手元にあるスマートフォンの画面を覗きこんだ。必然的に顔が近づいてふわりと彼女のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。俺の好きな甘い香り。くらっとするけどこんなんで興奮するとか童貞っぽいから平気なふりをした。
 秋の肌寒さを感じる今日この頃のせいか名前の部屋着は依然より露出の少ないものになっていたが、デコルテの開いたシャツから露わになる鎖骨に無意識に目が惹きつけられる。サングラスのおかげで名前にはバレてない。

 気圧の変化だとか長期休暇明けのフラストレーションだとかで呪霊の出現率が上がり毎日が忙しく、名前とのそういった触れ合いは御無沙汰だった。白状すれば、名前が隣に居るだけで落ちつかない。もっと近づいてしまいたい。あの小さな耳に噛みついて服を乱し狭いソファに押し倒したい。
 しかし悲しきかな、名前はこういったことに情緒的で雰囲気を求める恋人だった。
 一方の俺はどちらかといえば本能と勢いで迫るせいで、どうにも名前の求めるものに応えるのが下手だ。そもそもの話、恋人とのセックスが御無沙汰になってしまっているのも前のデート直前に俺が強引に名前を組敷いたら「そういう気分じゃない」とすげなく断られたせいだ。
 無理やりことに持ち込むのも考えたけど、終わった後の面倒を思うと得策じゃねーし、渋々引き下がった。俺、えらい。相手が名前じゃなかったらこんな物わかりよくねーから、この有難み分かってんのかよ名前ちゃんは。

「ねえ聞いてる?」
「は?」
「は? ってことは聞いてなかったんだ。ここ、紅茶とよく合うからシフォンケーキがオススメだよって言ったの」

 生クリームの追加もできるの! と能天気な声に合わせて名前の体がぐっと寄せられ、体の右半分がぴたりとくっついた。眼前に差し出される液晶画面の中には白い皿に乗ったシフォンケーキが行儀良くホイップクリームと並んでいる画像が光っている。しかし今の俺はそんな甘いケーキなどどうでも良かった。
 近い! あたってる! おっぱいがあたってんだよ!

「ああ」
「ああって。せっかく五条くんの好きそうなお店探してきたのに、あんまりな返事じゃない?」

 あまりにもなのはそっちの方だという悪態を口の中で噛んで、苦い思いと共に腹に飲み込む。そんなにその店に行きたいのならこれから何度だって一緒に行ってやるよ。だがそれは今じゃない。今はもっと他に、重大で、主に俺の下半身に関わる、一大事があるんだ。気付け。いや気付けと念じても名前相手には意味が無い。
 まだるっこしい思考を強制的に断ち切って密着した名前の体を右腕で抱きつぶし強引に口づけた。

「ごじょ……んっ、んぅ……」

 名前の持っていたスマホが床に滑り落ちる音がする。しかしそんな事も気にならないぐらいに名前は驚き、そして俺にされるがままだった。拳の一つや蹴りの一つでももらうかと予想していたが(もちろんそんな抵抗は無下限で簡単に防げる)、意外にも名前は自分から口を開いて俺の舌を自分の口内へと誘導する従順さを見せた。
 いやに素直な態度に驚きつつ、それはそれでいいやと侵入させた舌で彼女の唾液をぐちゃりと舐めとり、水音をたてて深く唇をむさぼる。左足を床に着けて名前の体がソファから落ちないように支えてやる。ふつーの男ならきつい体勢でも俺は平気、手足が長いから。

「今日は嫌がらねーの?」
「…………それぐらい察して」

 途切れ途切れの呼吸の合間、バツの悪そうに囁かれた言葉をイエスと捉えて行為を先に進める。開いた胸元に唇を寄せて強く吸いつくと名前の両腕が強請るよう首に回りかき抱かれる。
 マジでどうしちゃったの今日は。この前はあんなにへそ曲げてたのに。

「俺の都合のいいようにとらえるぞ」
「本当は今日は……こういう事がしたかったけど、前に私から断っちゃった手前言い出せなくて。だから今日は……五条くんとたくさんしたい」

 最後のフレーズは耳元で吐息がかかるほど近く囁かれる。
 素直に自分を求める名前に簡単に舞い上がった俺は、わざとらしい溜息の後に彼女が望むような今日にしてやるべくソファに身を沈めた。

「たくさんって何回ヤっていい?」
「そっそういうのは聞かなくていい!」

 聞かなくていいらしいので、俺が満足するまでシたら名前は意識を飛ばしてしまった。だから聞いたのに。