星を灼くフレア

※注意


「ランサーまたナンパに失敗したの?」
「そうやって人の心の傷に塩を塗るのは名前だな」
「ピンポン」

公園のベンチに座り逃した魚の背中を見る俺の視界が突然暗くなった。誰かに目隠しをされている。こんなことをするのも、こんなことを言うのも、心当たりは1人しか居なかった。ケラケラ笑って手を離しちゃっかり隣に座った少女。やはり犯人は名前だった。
彼女は名前。衛宮士郎の血の繋がらない姉。冬木の大災害で家族と家を失った彼女は衛宮士郎と共に衛宮家に引き取られたらしい。人のプライベートに踏み入る気はなかったので俺が知っているコイツの過去はそこまでだが、人柄については知っている。何せこのじゃじゃ馬娘は色んな事に首を突っ込みたがる性質なのだ。弟の方もお節介で物事に首を突っ込むが、姉の場合は厄介な物事を楽しんでいるきらいがあるのが面倒だ。ボウズが聖杯戦争に巻き込まれた時も、遠ざけ守ろうとした弟を押しのけ「家族は関係者だ」と言峰の野郎に殴りこみやがるし。面白がった言峰は名前を容認したが下手すりゃ死ぬところだった。霊体化しその一部始終を見ていた俺は、言峰に向かい啖呵をきるその姿にあきれ返ったのを思い出す。魔術については父親の方から軽く手ほどきを受けていたおかげか、そこそこの技量は持っているらしい。

「なんだよ、美味そうなもん食ってんじゃねえか」
「寒い冬にはこのピザマンが美味しいんだよ〜。中のチーズが伸びるのがまた良い!」
「一口寄越せ」
「ええ、やだよ。微々たるバイトのお賃金をはたいて買った贅沢なのに」
「ナンパにふられた俺を慰めようって気はないのかねえ」
「自業自得でしょ。それに多分だけど、アーチャーなら成功してたと思うから失敗したのはランサーの努力不足ってことで」
「おまえなあ!」

口をもごつかせて生意気な口をきく名前の耳を軽く引っ張ってやる。

「いひゃい!」
「おーおー、よくのびるぜ」
「暴力反対!女の子にそんな事するからナンパ失敗するんだよ!」
「いっちょまえな、おらっお仕置きだ」
「あ、最後の一口!」

耳を引っ張っていた手を離し素早く小さくなったピザマンを奪った。最後の一口なだけあって物足りない量だったが、大きく口を開けてペロリと飲み込んだ。隣で名前が悲痛な声を上げる。

「ああ、私の贅沢が!この狗風情で!」
「どこでそんな言葉覚えてきやがった!」

未練がましく俺の腕を強く掴む名前が口にした言葉に呆れる。

「つーか、女子高生がんな言葉使うんじゃねえよ。もっとお淑やかにできねえのか」
「別に良いじゃん。凛だって学校ではお淑やか気取ってるけど中身は女王様だし、人は見た目によらないってね」
「使い方が間違ってる気がするけど、まあな」
「ねえランサー、ランサーっていつもナンパしてるけど恋人いないの?」
「はあ?何を言い出すのかと思えば、コイバナなんてもんなら学校でやれ」
「ランサーのコイバナに興味があるんだって。伝承によれば大分お盛んだったようじゃないですか?きゃー!いけずー!」
「俺の過去が気になるなら適当にケルト神話でも調べてろ」
「それがさ、図書館で調べてみたんだけど大分オブラートに包んである表現だったから。ランサー生前どんだけ盛ってたんだよって思ったら笑えてきちゃって」
「盛る盛る言うなよ仮にも女子高生が…。そんな言葉使ってるとモテねえぞ?おまえこそ恋人はいねえのか?」
「いいよ、私は別に恋とか」

他人の恋には興味津津なくせして自分の恋愛には消極的なのか、俺が逆に話題を振ると素っ気なく下を向いた。

「叶わない恋ほど後味悪いものものないもん」
「たかが17かそこらのガキが言うか?」
「だって、実際そうだったし」

いつもうるさいほど喋る口が今は黙りがちになっているのを見て、これは相当深い悩みでもあるのかと察する。

「…今からするのは独り言だから適当に聞き流して」
「おうよ」

聴いてやるぐらいなら俺も出来るだろうと、向かいにある滑り台をぼんやり見つめながら俺は聞き役に徹した。

「私の初恋の人はさ、それはそれは優しい人でさ。自分よりも周りの人ばっか気にかけて、自分のことなんて全然眼中にないの。私はその優しさに救われもしたけど、傷つけられもしてきた。小さい時から「もっと自分を大切にしろ」って言ってるのに聞く耳持たずで。大丈夫だよの一点張り。なにが大丈夫なのかサッパリ分からんっつーの。その人が傷つくと私も傷つくのに、そのことに全く気付かない鈍感野郎だし。そんなこんなでかれこれ10年近くも心配しっぱなしでこっちの心臓がもたないの。そろそろ胃に穴が空きそう」

「あー、つまり初恋の人って士郎のことなんだけどね。衛宮家の養子になった時からずっと好きなんだけど、まあ血は繋がらなくても戸籍上は姉弟だから告白することも出来ずにいて。気づいたらもう失恋を実感する前に家族として大切になっちゃって。なんだかよく分からないよね」

「士郎のこと今は家族として大好きって言えるけど、1%ぐらいは初恋の未練もあってさ。ああもう士郎のばか、ばーか!!」

「いきなり変なこと言ってごめん。でもなんか喋ったらすごいスッキりした、ありがとう」

息継ぎもそこそこに吐き出された名前の初恋話は予想よりも深く心の奥に根付いたものだった。俺は特になにも言わず、俯いたままの頭に手を乗せる。労わりの気持ちを込めてゆっくり丸い頭を撫でると、小さい嗚咽が聞こえてくる。何も考えてないように振る舞うくせに、こいつは大きなものを背負いこみ過ぎだ。泣きやむまでこうしてやろう、そして帰りにピザマンでも買ってやろう。





店長から残業を任されて遅くなった帰り道。昼より人通りの少なくなった道を急ぎ足で歩いた。一応士郎に連絡は入れておいたけどあの子はすぐ心配したがる癖がある。家の鍵を持っているから鍵を掛けて先に寝ていろと言っても、頑として聞こうとせず起きて待っているのだ。下手をしたら私を迎えに外に出ることだってある。
そのお節介が嬉しくもあり心配でもある。士郎は過剰に、己の身を削ってでも人の身を気にかける。私は少しでもそんな彼の負担になるまいと努力してはいるが、弟はそんなことは露知らず今晩も健気に起きて待っているんだろう。困った弟だ、本当に。

(早く帰らないと…)

歩くスピードを速めて自然と小走りになる足。走る勢いに身を任せてアーケードの角を曲がると運悪く人にぶつかってしまった。どすんと向かいから来た人の胸に顔をぶつけてしまう。

「いだっすみません!」
「おいおい気を付けろよ…って、なんだ名前じゃねえか」
「え?」

潰れてしまった鼻を手で抑えて頭を下げると、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。謝罪の為に下げていた頭を上げて対面する人の顔を見上げた。派手な青い髪を揺らしてこちらを見返していたのはランサーだった。夜に彼を見かけるのは稀なので少し驚く。

「なんだランサーか」
「ぶつかっといて失礼な奴だな」
「ごめんって。それにしても夜に会うなんてお互い珍しいね」
「まあな。おまえはバイトの帰りか?」
「うん。今日はちょっと残業でね。その分お給料プラスされるから良いんだけどさ」
「仕方ないとはいえこんな時間に女の一人歩きとは感心しねえな」
「一応そこらのチンピラ撃退出来るぐらいには魔術も使えるし大丈夫だよ」
「あのなあ…今は聖杯戦争中なんだぞ?チンピラよりもっとやべえ奴らがうろついてんだちったあ気を付けろ」
「ああ、言われてみれば確かに」

言われて素直に納得すると呆れられた。生身の人間相手ならそこそこ強いけど、魔術師が相手となれば話が別だ。私が養父から習った魔術はお世辞にも正統派とは言えない亜流のもの。基礎からきちんと魔術を修得したものとの戦いになったら私なんてすぐ負ける。士郎はセイバーさんをサーヴァントとして従えているから安全だけど私は違う。聖杯戦争に参加する正当な資格も持たない無法者。それなのに身を守る術も覚束ない。改めてその点に考えが至って深く溜息をついた。

「はあ……ごめん、そうだよね。戦争してるんだもんね…うっかりしてた」
「今日はやけにしおらしいな」
「なんか、士郎の負担になりたくないって思うのに現実はそうもいかないなーって」
「そうしょげんなよ。家まで送ってやるからこれで安全だろ」
「え、いいの?」
「ここで女1人だけ帰らせるなんてことしたら男として最低じゃねえか」
「ありがとう。なんか最近ずっとランサーの世話になりっぱなしな気がするよ」
「あんま気にすんじゃねえぞ」
「…うん」

前に公園のベンチでしてくれたように頭を撫でられる。人に頭を撫でられるのなんていつぶりのことか。最後に撫でてくれたのはきっと切嗣が死ぬちょっと前で、それからは人に頭を撫でられるなんて無かったな。藤ねえのは頭を撫でるというより首がもげる勢いで頭をかき回される、そんな感じ。
ランサーに頭を撫でられるとなんとなく自分のやっていることを肯定されているような、認めてくれているようなそんな気がして嬉しかった。ナンパな癖にこういうところで決めてくるからイケメンに拍車がかかるんだこの人は。ランサーの優しさに鼻の奥がツンとする。

「送ってくれたお礼にそこのコンビニでピザマン買ってあげる!」
「おまえ本当にピザマン好きだな」


最近よくランサーに会う気がする。社交的で明るい彼とはよく話していたけど、今では互いに大笑い出来るレベルに仲が良くなった。ずっと心に溜めこんでいたことを何も言わず聞いてくれたり、包容力もあるランサーはまさに兄の居ない私にとって兄貴みたいになっていた。弟は居るけど年上の兄妹が居ない私にとって憧れだった兄という存在。
今日はバイトもないため、学校帰りに友だちとゲームセンターに寄ったりファーストフード店でおしゃべりしたり、たまの休みを満喫していた。日も暮れて夜になる頃、友だちと別れて家に帰る途中に喫茶店の前を横切る。ふと、店から漂う香ばしい紅茶の匂いに立ち止まった。

「そういやアーネンエルベってお茶っ葉も売ってるんだっけ」

小さく呟いて喫茶アーネンエルベの店内を覗く。まだギリギリ営業中らしく私は思い切って店の扉を開けた。


「すみません、ランサーいますか?」

アーネンエルベを出た私はその足で聖堂教会に向かった。ステンドグラス越しの光を背に浴びて佇む言峰神父はいかにもラスボスのような雰囲気で一瞬声をかけるのを躊躇ったが、私の方を見て(胡散臭い)微笑を浮かべたのでなんとか口から言葉が出た。

「ランサーなら庭の花壇に居たはずだが」
「あれ、本当ですか?おかしいな、見かけませんでした」
「行き違いになったのかもしれないな。ランサー」

言峰神父の低い声がランサーの名前を呼ぶと、神父の隣にどこからともなくランサーが現れた。家に居るセイバーと違って他の英霊って神出鬼没だな。

「何の用だ言峰……って名前じゃねえか」
「こんばんわランサー」
「彼女がおまえに用事があると言っていてね」

そう言うと言峰神父は教会の奥に消えた。去り際にありがとうございますと頭を下げると、彼も少し頭を下げて返す。どうにもあの独特な雰囲気に慣れない私は神父の姿が完全に見えなくなった瞬間ほっと一息ついた。無意識に息をつまらせていたっぽい。

「ふぅ。改めてこんばんわランサー」
「よう。おまえにも苦手なモンがあるんだな」
「苦手というより相手の雰囲気に飲まれちゃって自分のペースが保てないのが調子狂うのかも」
「図太い神経だな…」
「マイペースって言ってよ」
「はいはい。んで、わざわざこんな辛気臭えところまで何しに来たんだよ」
「これをランサーに渡そうと思って、はい」

鞄から取り出した紙袋をランサーに差し出す。袋から香る匂いでそれが何か分かったランサー。

「紅茶か?」
「そう、アーネンエルベの紅茶の葉。ここのところランサーにお世話になりっぱなしだからお礼がしたくて。もしかして紅茶苦手?」
「いや、ありがとうな」

やっぱり紅茶は女々しかったかな、そう焦る私の頭に手を置いてランサーは笑ってみせた。ありがとうと言ってもう片方の手で紙袋を受け取る笑顔に苦心して紅茶を選んだ時間も心も一気に報われる。

「良かった、喜んでもらえてうれしい」
「今度淹れてやるからおまえも飲みに来い」
「ほんと?じゃあお邪魔させてもらうね」

ただランサーに日ごろの感謝を伝えたかった。その目的は無事達成されたけど、未だ頭に置かれた手に私ばかりが幸せを貰っている気がする。

「なんか私、ランサーから貰ってばっかり」
「なにがだ?」
「私ずっとお兄ちゃんって存在に憧れてて、ランサーってまさに兄貴って感じだからお兄ちゃんが出来たみたいで嬉しくって。話も聞いてくれるしこうやって頭撫でてくれるし、ランサーから貰ってばっかだよ私」
「んなこたねえよ」
「どうして?」
「俺のやることにイチイチ感謝したり素直に喜んだりすんのなんておまえぐらいだ。それで十分なんだよ」

ちょっと乱暴に頭をかき混ぜた後、目線を合わせしゃがみ込んだランサーが額と額を重ねる。近くで見ると痛感する、この人超絶イケメンだ。

「ほんと、おまえのその猪突猛進具合には助けられてるからよ」
「褒めてるんだよね」
「もちろんだ」

なら良いか。
結局、なんで忠告を聞かないで夜に1人で出歩くんだ!と最後にお叱りを受けて夜道を家の近くまで送ってもらった。触れ合った額の感触がむずがゆくて額に手を当てて家に入ると士郎に熱でも出たのかと心配された。どうやら顔も赤くなっていたらしい。





「夕焼け小焼けの赤とんぼ〜」

今日は桜が家に寄って夕飯を作ってくれる予定だ。だからご飯が楽しみでバイト中もそればーっかり考えていたし、帰りの道のりも足取りが軽い。桜のご飯はとても美味しい。士郎のご飯ももちろん美味しいけど、桜のご飯も同じぐらい美味しい。2人が美味しいご飯を作ってくれるおかげで、私と藤ねえは全く料理をしないで済んでしまうのだ。なので自慢じゃないけど私の料理の腕は小学生レベルである。ある時、味噌汁ぐらい作れるだろうと適当に煮干しで出汁をとったら士郎に本気トーンで怒られた。

ふと前方に何か気配を感じた。戦闘に関してはずぶの素人の私でも感知出来るということは、相手が私に対して隠れる意思がないという事。足を止めて少し後ろに退く。この時期は日が暮れるのが早いせいで周りはもう暗く、街灯のさびれた光だけが住宅地の隘路を照らしていた。その道の先、幅いっぱいの大きな巨躯が姿を見せる。
私はこんなに大きな人型のモノを見たことが無かった。その異様な風体からして、私の行き先を塞ぐものが聖杯戦争に関係するものだと理解出来る。

「はじめまして、お姉ちゃん」

その異形の前には1人の少女が歩いていた。白い髪、白い肌に赤い目。どの国を探しても見当たらないだろう特異な容姿をした少女は私を見て、姉と呼ぶ。確かに私は姉だが衛宮家の姉であり、この女の子の姉じゃない。

「あなた誰?聖杯戦争の参加者なの?」
「ねえ、なんであなたは衛宮なの?」

疑問を疑問で返されてしまった。しかし少女は少なくとも、私が衛宮の人間だということを知っていることが分かった。

「なんでと言われても、私を拾ってくれた人が衛宮だったから」
「じゃあ聞き方を変えるわ。あなた、他にも親戚がいたのにどうして衛宮になったの」
「どうして、それを」

その事実は士郎はおろか藤ねえすら知らないはずだった。
冬木の大火災で私が家族を失ったのは本当だ。父と母、それに母のお腹の中にいた妹。みんな焼けて灰も残らず死んでしまった。けれど私の親戚は冬木以外にも居たのだ。あの火災の後、ニュースを見て父方の親戚が私の入院する病院にやって来て、私を引き取ると言ってくれた優しい人たち。
でも私はその温かな手を拒んだ。
あの人達がもう少し早く来ていたのなら私は間違いなく彼らの手をとり、ごく普通の一般的な家庭で幸せを感じていただろう。魔術なんて絵本や映画の架空のもので終わっていた。だけど私は知ってしまった。この世界には本当に魔術があること、そして衛宮士郎という存在を。
瓦礫から引き上げてくれた魔法使いを名乗る男の節くれだった手と、目が覚めた病院で熱と炎の記憶に泣きじゃくる私の手を握ってくれた自分より小さな手。私の両手は彼らの手でふさがっていて、親戚の手はもう空きがなかったのだ。それにどうしてか、あの時切嗣は親戚の誘いを断る私と一緒に、責任を取って育てると言い添えてくれた。

「あなたがいなければキリツグは私のことを諦めなかったかもしれない、私が兄妹だったかもしれないのに。あなた、邪魔」
「あなたまさか……イリヤ?」

イリヤ。小さい時に一度だけ、起きぬけの切嗣にそう呼ばれたことがある。聞き慣れない名前に誰?と聞き返すと、切嗣は眉を歪ませて小さな声でなんでもないよ、と言ったきりその名前を口にすることはなかった。サーヴァントを連れた少女の年齢は、あの日の私と近い。ということは切嗣が間違えたあの名前の持ち主は。

「自己紹介が遅れたわね。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ、おねえちゃん」

この少女は、切嗣の娘なのだろう。年齢が幼すぎるが、魔術師ならばそんなものどうとでも出来る。

「そしてさようなら」

イリヤの唇が笑みに染まると同時に、私の胸を背後から銀の輝きが貫いた。自分の胸から突き出したそれは白い燐光を放つ、魔術で編まれた鋭い切っ先。なにも考えられないまま、私は呆気なく冷たい地面に血を噴き出して倒れるしかなかった。





澄んだ冬の空は星の輪郭すら見えるほど綺麗だ。
いつもの偵察、他の陣営になにか動きがないかと冬木を飛び回っていると微弱だが魔力の反応を感じ取った。駆けつけるとそこは住宅地のど真ん中、道路の上、仰向けに倒れる女が一人。

「名前」

こいつを見かける時はいつも夕暮れ時だった。朝から夕にかけは学生業に勤しんでいるので、出会うのが夕方になるのは自然なことだった。夕焼けのオレンジの中で顔を合わせるこいつは聖杯戦争なんて知らないんじゃないかと思うぐらい暢気で普通の女子高生で。いろんな物事に顔を突っ込む癖にそのほとんどが興味本位で。魔術に対してもいつまでも夢を見ているようなキラキラした目をしていた、子どもだった。

「ら、んさー…?」
「おう。こいつはまた派手にやられたな」
「……おねがったす…け…」

焦点の合わない瞳が俺の声を頼りにこちらに注がれる。胸の穴は心臓を逸れていた。わざと逸らしたんだろう。即死ではなく、じわじわと痛みを感じながら死ぬように。恨みのこもった傷を見て、こんな子どもがどこでそんなもんを貰ったのかと僅かな憐憫が胸をさす。

「いたい…いやだ、から……ころして……。しろ、がっ…きずいて……むりしない、よに」
「はあ。どうして俺はこう、損な役回りが多いのかね」

朱の槍を取り出し心の臓に狙いを定める。俺が願いを聞き届けると分かった名前は青白い顔のまま安堵の笑みを浮かべた。まだガキなくせして自分の死に際に人の心配なんぞ、するもんじゃねえだろうに。

「ありがと……ランサー…」
「あれほど夜に出歩くなっつったのに。人の親切を無駄にしやがって」
「……ぅ…ごめ…」
「まああれだ、いつかまたどっかでな」
「…うん……またね…」

夜空に星が流れた。
振り下ろした槍は寸分違わず心臓を貫き名前の生命活動を止める。
これはあの坊主に恨まれるだろうな。
近づいてくる新たな魔力反応に溜息をつきながら、槍に着いた名前の血を指先でぬぐった。