「公安局です、もう大丈夫です、安心してください」

常守さんが人質の女性に駆け寄って声をかける。落ち着いて、助けに来た、と言うけれど女性の怯えは落ち着かず、震えも止まらない。彼女の視線は常守さんではなく、その後ろを見て恐れ慄いていた。必死に声をかける姿は、まるで去年の私を見ているようで居た堪れなくなり目線を少し下へと下げる。

「…柾陸さん?」
「お嬢ちゃん、銃で確かめてみろ。…まあ、仕方ないよな」

彼女の犯罪係数は150を超えていた。仕方がない、耐性のない人が暴力を受け続け、そして今目の前で人が死んだのだ。色相が濁らない可能性は非常に低い。悔しいけれど、今のうちに気絶させないとさらに犯罪係数が上がってしまう。
女性を気絶させて任務は終わり、そう思っていたけれど女性はパニックを引き起こして階段から落下、常守さんは柾陸さんにしがみついて執行を阻んだのだ。動揺してしばらく凝視したまま動けなかった。

「おい、陽菜しっかりしろ。追うぞ」
「…!ごめんありがとう、了解。」

柾陸さんにここは任せた、と目配せをして、彼女は被害者です、納得できません!と主張する常守さんの声を背景に狡噛さんと地下への階段を降りる。…やっぱりこの任務は初心者には荷が重すぎた。そう思う。禾生局長も、もう少し配慮してから仕事配分をしてほしいなと思わず考えてしまった。

「…足元に気を付けろ」
「うん、ありがと」

階段を降りていった先には明かりがなく、非常灯のランプのみがその周辺のみを鈍く照らしていた。足元も少し見えづらい。どうやら地下倉庫のような空間だ。周辺に気を配りつつ進むと足元から水音がした。床には液体が流れ、あたりには独特の匂いが漂う。

「灯油、かな」
「ライターやマッチを持ってたらマズいな、急ぐぞ」

灯油の流れてきた方向へと向かうと灯油の入っていたであろうポリタンクに埋もれて彼女はそこにいた。錯乱していてこちらが何を言っても声が聞こえなさそうな様子。このままでは犯罪係数が上がってしまう。

「…狡噛さん、あとはお願いします」
「ああ、任せろ」

この場は狡噛さんひとりでも大丈夫だと判断し、足元に気をつけながら急いで上へと戻る。けれどその場には、常守さんの姿はなく、柾陸さんが後処理のためにドローンを読んでいる最中だった。

「柾陸さん!常守さんは…?」
「お嬢ちゃんならコウを追っていったよ。すれ違わなかったのか?」
「倉庫みたいに少し入り組んでいたのと、明かりがなかったから気付かなかったのかもしれません」

常守さんを落ち着かせようと上に戻ってきたため少し拍子抜けしたが、ドローンを手配して後は任せ、倉庫へ柾陸さんと向かった。奥へと進むと、座り込んだ常守さんが見え、思わず駆け寄った。力が抜けているのか立つことはできたけれどふらついている。視線の先には、倒れている狡噛さんと被害者の女性。驚いて辺りを見渡すと近くのコンテナの上には宜野座さんたちが待機している。

「これは、一体…?」
「常守監視官、君の状況判断については報告書できっちりと説明してもらう。」
「…こりゃあ、とんでもない新人がきちまったもんだな」

状況的には狡噛さんを常守さんが撃って、女性を宜野座さんが撃った、というところだろうか。まさか常守さんが狡噛さんを本当に撃つだなんて。驚きのあまり目を見開きすぎて乾燥しそうだ。これじゃラーメン食べれないね、と場違いな考えが頭に浮かんですぐに消えていった。

新しい監視官の参入は、一係にとって想像よりもはるかに大きな影響を与えそうな、そんな予感がする。

瞬きの中に棲む獣
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