常守さんを柾陸さんに任せ、私は狡噛さんと共に薄暗い通路を通り抜けて、廃棄区画の中へと突入した。宜野座さんからの連絡も入り、通信機器の感度はとりあえず良好。志恩さんが送ってくれたマップのデータはあるけど路地やビルの内部など分からない場所も多い、本当にしらみつぶしに探す羽目になりそう。

「屋台がある、いいな。なんか少しお腹すいちゃった」
「終わったら縢のとこで飯でも食うか」
「採用!匂い嗅いじゃったからラーメンの気分かも」
「いいねえ、俺は豚骨」
「私は塩」
「カロリーでも気にしてんのか?」
「そりゃあこんな時間だしね」
「お前はもっと食べても良いくらいだと思うが」
「着痩せしてるだけでお腹今やばいの。ほんとに」

警戒しつつも手慣れたように辺りを見渡しながら怪しげなところが目に入れば連携をとって確認。突入中にこんな会話ができる程度には慣れてきたんだなと新人の頃をふと思い出して笑えた。
麺は硬めがいいなあと考えていると「こちらHOUND4」と通信を受信。ようやく対象が見つかったようだ。

「人質の人、サイコパス悪化してないといいけど」
「少し厳しいかもな」
「…うん」
「…お前は優しすぎるよ、陽菜」

まあそれも良いところなんだがな、と頭をくしゃっと撫でられる。なんだかんだこの人は私に甘い。いや、いつもの事でもあるな。優しいのはあなたですよ、と言っても否定されるか自嘲的な笑みを浮かべるだけなので心の中に仕舞い込んだ。
どうやら想定外の事態があり、上手く捕らえられなかったようで対象を取り逃したと連絡が入る。

「ありゃ、麻酔効かなかったのか」
「何か打ってたんだろうよ」
「また追いかけっこか、やっぱりカロリー消費するから豚骨にしよ」
「決まりだな」

顔を見合わせて笑い合い、連絡を受けた方向に向かってビルの合間を通り抜け廃墟を駆け巡る。近くに柾陸さんと常守さんもいるらしい、もうすぐ追い詰められそうだ。

「…!狡噛さんストップ!」
「どうした」
「…向こう側に対象と、柾陸さんと常守さんがいる。挟み撃ちにできる、ギリギリまで待機です。」
「了解、監視官」

対象は混乱してる、人質の女性を保護するためには標準が定まらないと巻き込んでしまう。…できれば、人質になりたくなんてなかっただろうあの人を救いたい。
物陰で息を潜めてタイミングを待つ。きっと、柾陸さんなら対象を刺激せずにうまく対処するだろう。深呼吸をして、息を整える。この、人を撃つ瞬間は何回経験しても慣れそうに無い。

「…狡噛さん、今です」
「ああ、…ご愁傷様」

それでもしっかりと最期を見届ける。色相は少し濁るかもしれないけれど、回復はするのだ。ならば自分がしていることからは決して目を逸らさない、これが私の信念だから。自分の目元にほんのり滲んだ涙には気付かないふりをした。

「執行完了」
「…こちらSHEPHERD2、執行完了しました」
「年寄りと新米をおとりにするとは良い根性してんなあ」
「すみません柾陸さん、…タイミングを狙ってました」
「なに、別に責めてはいねえよ」
「給料分の仕事だろ、とっつぁん」

よっ、と声を出しながら隠れていたパイプの影から飛び降りる。カツンと思ったより大きくヒールの音が響いた。

涙で甘くなったりしない
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