実行対象となってしまった女性と、パラライザーで撃たれた狡噛さんを運び終え、一息ついてから宜野座さんのもとへ向かう。…監督不行届だと叱られるだろうか。少し緊張して汗ばむ手を握り締めた。

「宜野座さん、現場の撤収完了しました。後は清掃ドローンの後処理のみです」
「そうか、御苦労だった」
「…何も、聞かないんですか?」
「あの場には常守監視官と狡噛、そして人質だった女性しかいなかった。お前のことだ、あの場を狡噛に任せたんだろう。なら話はあいつを撃った常守監視官に聞くべきだ」
「それはそうですけど!…あの場を離れた自分にも責任が、」
「あまり背負い込むな、色相が濁る」
「……はい、すみません」

珍しくネガティブな考えをしてしまった。きっと、さっきの常守さんの姿を新人の頃の私と重ねてしまっているからだ。私と彼女は違う人間なのだから重ねて見てはいけない。経験が1年だけとはいえ長いのだから、しっかりとしなくては。
落ち着いて、深呼吸を深く、深くする。一回、二回。目を閉じてもう一度。目を開けたら、もう大丈夫、いつも通りの私だ。手で頬を挟み、少しだけ勢いをつけて顔を叩く。

「…落ち込んですみません、もう大丈夫です」
「お前は相変わらず色相の回復が早いな」
「えへへ、私の取り柄のひとつですからね」
「なら良い。……お前はいつも通りでいろ」

小さい声でそっぽを向きながらだけど聞こえてますよ宜野座さん。でも指摘したら怒っちゃうから黙っておこう。まあ、いつも通り、つまり元気な姿でいろっていう意味なことは1年一緒にいたらわかってくる。分かりやすい照れ隠しだ。近くにいた弥生ちゃんには聞こえてたようで2人で目を合わせて小さく笑った。

「ギノさーんドローンの回収終わりましたよ」
「分かった。六合塚は残って俺と周囲の見廻り、終わり次第報告書の作成を行う。後の2人は春川監視官と共に先に戻り事後処理に当たれ。…常守監視官は狡噛の様子を確認次第帰宅してくれ。以上だ」

現場の撤収を完了して車に乗り込み、運転をオートモードにして少し冷静に考える。
きっと、常守さんは正義感がとても強い。…方向性は違うけど、狡噛さんに少し似ているのかも。今回の件は常守さんの判断ミスだと捉えられるかもしれないけれど、私は彼女を責めないし、宜野座さん達にもあまり責めて欲しくもない。むしろどういう考え方をしているのか、何故監視官になったのか、沢山の話を聞きたいと思った。非番が被ったらお茶にでも誘ってみようかな。さっきまでの憂鬱はさっぱり無くなり、新しい楽しみに胸を躍らせた。

事後処理を終え、手慣れたようにエレベーターのボタンを押して向かうは執行官の部屋があるエリア。監視官権限で出入りは自由だけどちゃんとインターホンを押す。誰にだってプライベートは確保されるべきだから。音が鳴ってすぐに開いたドアの向こう、シャワーを浴びたのか、濡れていつもと違うセットされていない髪の毛は少し張り付き、肩に掛かったタオル、ラフな白いTシャツとベージュのスウェット姿が目に入る。あ、そのTシャツこの前の日曜に買ったやつだ。

「というわけでラーメン食べよ縢くん」
「いやどういうわけよ陽菜ちゃん」
「元々今日の撤収後に縢くんのとこでラーメン食べよって狡噛さんと言ってたの」
「2人とも任務中に何喋ってんだよ…俺頑張ってたんだぜ?」

狡噛さんは今パラライザーで撃たれて安静中、残念ながら食べれなかった分はわたしが食べておいてあげよう。…いや、やっぱ2人分は太るやめとこう。もう幾度も通い慣れたキッチンに向かい夜食作りの準備をする。食器の位置も食材の在庫も把握してるから勝手知ったる顔で用意した。あ、煮卵もつけちゃえ。

「ごめんね、近くに屋台があったからつい」
「…はー、んで、味は?」
「ふふ、豚骨!」
「深夜に食べるもんじゃないぜ?お嬢さん」
「大人だから許されるんですよ素敵なコックさん」
「コックかよ!」
「うそうそ、可愛い可愛い私の部下だよ」

ちぇっ、と口を尖らせる縢くんを宥め、キッチンへと誘導する。どうせ今日は貯めてしまった書類仕事で夜更かしだ、カロリー取らないとやってられない。既に切り替えたとはいえ落ち込んでいた私に、いつも通りのふざけた会話をしてくれることに感謝の意味を込めて頭をわしゃわしゃと撫でておいた。それで機嫌が治る君はやっぱり犬みたい。ちょっと可愛いと思ったことは内緒だ。

この夜は君にあげる
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