新人に最初にする執行官の説明は、何度聞いてもあまり良いものとは思えない。私も監視官という役職を知ったあの日や、去年の今頃はこの話を聞いたものだ。懐かしいけれど、良い気分にはなれない。宜野座さんや周りの監視官を否定はしない、ただ私はそうは思わない。例外だとよく言われるけれど気にしないことが一番だ。自分は自分、それでいい。

「お、そっちのかわいこちゃんが噂の新入りさんすか?」
「常守朱監視官だ。今日から貴様らにとって3人目の飼い主となる」
「よ、よろしくお願いします!」

護送車から降りてきた彼らに丁寧に頭を下げる常守さんを見つつみんなに口パクでよろしくね、と伝える。特に縢くんは可愛い子がきて嬉しそうだ。顔が緩んでるよ、きみ。

「全員、対象のデータには目を通してあるな」
「今から袋の鼠である対象を追い詰めます。二手に分かれてしらみつぶしって感じですね」
「六合塚と縢は俺と来い。後の2人は春川と常守監視官に同行しろ」
「了解」
「えー!?俺はかわいこちゃん2人と一緒がいいっス!…って無視かよ」
「…縢くん」
「ん?なあに陽菜ちゃん」
「スベってるよ」
「ひでえ!」

俺もそっちがよかった、とぶつぶつ言う縢くんをはいはいまた後でね〜と撫でて見送る。頭を撫でると機嫌が良くなるらしい、懐いてくれてる犬みたいだねと以前言ったら陽菜ちゃんにならいーよ?と言われた。どこまで本気かわからない。

「えっと、どうすれば」
「アンタが待機を命令してくれれば何の問題もないんだが」
「給料泥棒はやめときなとっつぁん」
「柾陸さん〜常守さんが本気にしたらどうするんですか」
「はは、こりゃ手厳しい。まあそんな緊張しなさんなお嬢さん、ドミネーターの使い方はわかるよな」
「い、一応研修は!」

実物を使うのは初めてなのか緊張した様子。潜在犯、執行官と面と向かって話すのも初めてなのだろう。声色が震えている。でもきちんと受け答えができているし、緊張の震えもそこまでない、期待の新人というのは間違いないようだ。
私は、落ち着いて深呼吸してくださいね〜と声をかけながらジャケットをきちんと着直した。

「全部ドミネーターの言いなりになって撃てと言われた相手を撃ちゃいい」
「撃てばいいって…」
「大丈夫、基本は麻酔銃みたいなものです」

『携帯型心理診断執行システム。ドミネーター、起動しました。ユーザー認証、春川陽菜監視官。公安局刑事課所属、使用許諾確認。適性ユーザーです。』

いつものアナウンスを聞き流し、ドミネーターを持って軽く構える。きちんと作動しているのを確認すると、初めて脳内に響く音声を聞いて驚いているのか少し固まっている常守さんに柾陸さんが軽く説明をしていた。柾陸さんの世話焼きな部分、新人さんにも発揮されているようだ。なんだか自分のことのように嬉しくてつい口角が上がる。

「あの、ブリーフィングは、段取りの打ち合わせとかはしないんでしょうか?」
「うーん基本的には無いですねえ」
「オレたちが獲物を狩り、アンタたちがそれを見届ける。それだけのことだ。」
「いや、もうちょっと具体的に…」
「まあ任せとけってことだ。俺たちもこう見えても専門家だからな」

狡噛さんは相変わらず気に入らなかったら撃てのスタンスだし、マイペース。でもその中にあるやさしさは時に誰よりも暖かく、頼り甲斐のある先輩だ。2人に声を掛け、またひとりで突っ走ろうとしている彼の背中をすぐに追いかけた。

まばたきの猶予
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