02

 玉狛支部に新人が来るのは栞ととりまる以来のことで、しかも歳下の子達だという迅さんからの話になんだかそわそわとしてしまった。
 夜も更けた12時過ぎ、明日は休みだからと遅くまで起きていたら一緒にどうだと誘われた屋上。意外とここからの景色は眺めが良くて、星が降ってくるような夜空と街のコントラストを見つめながら一息つく。

「とりまる以来の後輩かあ、楽しみだな」
「面倒見てやってくれよ? 名前のことだから、何も言わなくてもしっかり面倒見てあげそうだけど」
「そりゃあもちろん、嫌っていうほど構っちゃうんだから」
「はは、程々にな」

 屋上のヘリにもたれかかり、迅さんと並んでマグカップのココアをちょっとずつ啜る。あまい味にほっこりとあたたまり、指先に伝わる熱が心地よい。迅さんのいれてくれるココアは何故かいちばん美味しく感じる。でも、本人にそう伝えると「俺の愛情が入ってるからな」なんてによによと嬉しそうに言われたから、もう言ってあげないと決めている。調子に乗った迅さんほど面倒くさいものはないのだ。

「──名前は、今幸せか?」
「……しあわせだよ、とびっきり」
「そっか」

 私よりもひとまわりは大きな手のひらが、くしゃりと髪の毛を乱雑に撫でた。私と小南の2つ歳上な迅さんは、私に対してたまにお兄さんぶってくる。そしてそんな時は、私もしおらしく甘えることにしている。その方が迅さんも嬉しいようで、今だって自分側に引き寄せたわたしの頭を、そのままぐりぐりとまた撫で回した。

「……迅さんは、しあわせ?」
「…………お前が幸せなら、俺も幸せだよ」
「……そっかあ」

 目を伏せながらそう笑う姿を、今までに何度見ただろうか。迅さんの憂いは、悩みは、葛藤は、私たちには図り知れない。けれど、どうしようもなく不器用なこのひとに、ただ寄り添うぐらいはしてあげたい。なんて、一丁前に何言ってるんだかと誰かに言われてしまいそうだ。

「さて、そろそろ冷えるから戻ろっか」
「うん、……名前、」
「なあに、迅さん」

 中に戻ろうと歩き出した私をぐっと引き寄せ、後ろから少し痛いぐらいに抱きしめられる。いかないで、と全身で訴えているかのような、ひどく寂しげに回された腕にそっと触れる。大丈夫、どこにも行かないよ。そう言ったところで迅さんにとっては気休めにしかならないだろうから、首元に埋められたやわらかい髪の毛をやさしく撫でた。

「迅さん、お疲れさま」
「……ありがと」

 名前には敵わないなあ、と少し震えた声には知らぬ顔をした。きっと、彼もそれを望んでいるから。

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