08:あまい餌付け



「昼休み家庭科室に来なさい」
 変わった呼び出しを受けるのももう慣れた。呼び出した相手が木手くんだからということもある。きっとおかしなことはされ――るかもしれないけど、木手くんにならまあいい。
 おとなしく呼び出された先の家庭科室に向かうと、木手くんは既に到着していた。中には木手くん以外の人はいない。
「来ましたね。座って」
 授業で使う大きな机は、一人で座らされるとちょっと心もとない。木手くんは教室の前の方に置いてある冷蔵庫から何かを取り出すと、こちらに戻ってきて差し出した。
 プラスチックのカップ越しに冷気が伝わる。ほんのり緑色で、うねうねと巻かれているそれは。
「抹茶ソフト?」
「ゴーヤソフトです」
 仕上げとばかりにスッとソフトクリームに差し込まれたのは――ゴーヤチップス……? 緑色の車輪みたいな形をしていた。
「俺が栽培したゴーヤで開発しました」
「木手くんは何でもできるんだね……」
「何でもはできませんよ」
 それにしたって、テニスに沖縄武術にゴーヤの栽培に料理まで。確かファッションにも興味があるって聞いた。手広すぎる。
「この辺りは夏になると観光客が増えますからねぇ。一山当ててやろうと思ったら大当たりでした」
「思ったところでそれを実行できるのが本当に木手くんって感じだよね」
「褒めてますよね?」
「うん。純粋に褒めてる」
「そうですか」
 こういう時の木手くんは、口調がそっけないけど嬉しそうなのがわかるからいい。
「食べられそうですか?」
 私が口をつけないものだから、嬉しそうだった木手くんの表情が少し曇る。いやだ。木手くんの嬉しそうな顔を守りたい。そうじゃなくても、ほんのり緑のソフトクリームはおいしそうだったし。
「……おいしい」
 スプーンでひとすくい、口に入れて冷たさと甘みを味わう。夏の暑さで火照った身体と口の中が冷えていくのが気持ちいい。頭の方までじんわりと冷たさが伝わっていくのも。
 ゴーヤソフトという名前なのだからさぞや、と覚悟していた程の苦さもなかった。ほのかな苦味がソフトクリームの甘みと調和している。観光地によくある無茶ぶりの変わり種ソフトかと思ったら、味もしっかり研究しているらしかった。
「夏場は量産してたんですけどね。今でも二人分くらいならすぐに作れますよ」
 量産体制まで整えているのが流石だった。
「私はおいしいし嬉しいからいいけど、勝手に家庭科室使っていいの?」
「バレなければね」
「それ、バレたらまずいってことなんじゃ……」
「わざわざグレーなものの許可を求めに行って駄目だと断られるような真似をせず、上手いことやれって話ですよ」
 なるほど。さすが木手くん大人の理屈だ。中学生だけど。
 ちょっと感動しながら、ソフトクリームに添えられていたゴーヤチップスをかじる。ぱりぱりでサクサクの歯ざわりだった。そんなに苦くないしソフトクリームとも合う。観光客に大人気だと言っていたのも頷ける。
「食べられるゴーヤが増えましたね」
「うん。ゴーヤソフトとゴーヤチップスはまかせて」
「まかせてって。あなた食べる方じゃないですか」
 呆れ混じりに笑う木手くんは、それでも「よかったですね」と言ってくれた。
「木手くんソフトクリーム屋さんになれるね」
「別に本業にするつもりはないんですがねぇ。まあ、あなたが将来路頭に迷いそうになったら雇ってあげますよ」
「それもいいかな。木手くんとソフトクリーム屋さん」
 上手にうずまきを作れるように、今度カラオケのソフトクリームマシンで練習しようと思った。ゴーヤソフトは流石に置いてないだろうけど。
 将来の展望が明るくなってきた私とは裏腹に、木手くんは微妙な表情を浮かべていた。
「あなたそれ意味わかって言ってます?」
「意味って?」
「……さっさと食べないと溶けますよ」
 私の疑問に答えてもらえることはなかったけれど、確かにカップの中のソフトクリームがいい感じにとろとろになってきていた。液状にしてしまうのは忍びない。慌ててスプーンですくって続きにとりかかった。
 そこから完食するまでの間、木手くんは私のことをじっと観察していたのだけど、おいしくいただいている私に文句があろうはずもなかった。

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