09:毎日必ず触れるから



 私はいつも自宅の鍵を持ち歩いている。
 母が仕事で家を空けがちだし、それがなくても私の母は外に出るのが好きな人だ。こちらの土地でも早速知り合いを増やして飲み会に繰り出していた。私は私で一人で放っておかれるのが苦にならないタイプなので、母との二人暮らしはそれなりにうまくいっている。
 小学生の頃はなくさないようにランドセルに紐でくくりつけられていた鍵も、今はキーホルダーに進化するくらいには信用されるようになった。
「何してるんです? それ」
 いつもの左隣から声をかけられて、そちらを向いた。木手くんの視線の先には、私の右手がある。それとキーホルダーも。
「なんとなく手が暇だといじっちゃうの」
 手の中で弄ばれていたキーホルダーを見せる。金属でできている鍵の方はあまりいじらない。何となく手が金属の匂いになってしまうのがいやなのだ。
「暇なんですか、右手」
「今はね」
 机に置いて、わきわきと指をうごめかせる。我ながら奇妙な動きだと思った。その手の動きをじっと見ていたかと思うと、木手くんはこちらに左手を向けた。少し開き加減で、手のひらがよく見えるように。
 なんとなく無言の圧を感じた私は、そのまま右手を木手くんの左手に重ねようとする。実際は直前で躊躇して動きを止めてしまったわけだけれども。その様子に木手くんは眉を寄せる。不満そうだった。
「早くしなさいよ」
 行動が謎すぎるし理不尽だと思ったけど、私は木手くんのいうことを何故か聞いてしまう身体になっていた。開かれた指の一本一本に、自分の指の腹を重ねていく。手の大きさが全然違うから、ちょっとやりにくい。
「指の長さが足りない……」
「そうでしょうね」
 指の腹同士をうまく重ねてみたいのに、全然届かなかった。木手くんの指の途中に中途半端に触れている。細い血管が皮膚ごしに透けて見えた。
「くすぐったいですよ」
「離す?」
「まだ駄目」
 指の長さも手の大きさも、骨のつくりまで違う手だった。
「皮膚まで柔らかいんですね」
「そう?」
 自分ではあまりよくわからない。今まで他の人と比べたことがないから当然かもしれないけど。
「爪も。こんなに薄くて小さくて、剥がれないか気が気じゃないですね」
「よく折れちゃうんだよね。二枚爪になったり」
「栄養を取りなさいよ」
「ゴーヤーとか?」
「わかってるじゃないですか」
 木手くんが満足そうに笑うのを見ていると、もっと見ていたいなと思う。どうすればそれが叶うのかはわからないけど。



「これあげます」
 翌日着席するなり、何かを目の前に突き出された。
「え? くれるの? あ、かわいい。ハイビスカスだ」
 急に手渡されて動揺した。よく見るとそれはキーホルダーで、プレートが赤いハイビスカスの形をしていた。
「うちなーではアカバナーです」
「アカバナー」
 木手くんが新しい言葉を教えてくれる度、復唱するのが癖になっていた。そうすると木手くんが毎回律儀に頷いてくれるから、というのもある。
 アカバナーは、こちらに来てから街でも住宅地でもあちこちで見かける花だった。沖縄のイメージといえば、最初に思い出すのもこの花だ。
「ありがとう。嬉しい。ね、つけてみてもいい?」
「そのつもりで渡しました」
 元から使っていたキーホルダーを取り出した。鍵を取り外そうとして、リングの部分に爪を立てる。リングが二重になってくっついているこのタイプは、ちょっとでも隙間を空けてしまえばそこから強引に鍵を外すことができるはずだ。
 キーホルダーと格闘しようとしたその瞬間に、左から手が伸びてきて取り上げられる。木手くんはなんでもないことのようにリングから鍵を外して手渡してくれた。
「ありがと……」
 たぶん昨日爪の話をしたせいだろうか。もらったキーホルダーは、鍵をつける部分がフックで外せるようになっていた。便利。
「でも私誕生日じゃないよ?」
「いつですか?」
 聞かれて答えると木手くんは「覚えておきます」と頷いた。
「俺は11月です」
「再来月だね! お返ししたいけど何がいいかな」
 それでなくとも木手くんには色々してもらいっぱなしだった。数々の手助けやもらったものを思い起こすと、何かすごいものをあげなくてはいけない気になってくる。
「すごいもの? 人生とかですか」
「それは確かにすごいけど。一生手先チケットかぁ……」
 それはそれで発行すると取り返しがつかない気がする。
「手先じゃなくていいですってば」
「あ、そっか。じゃあ一生味方チケットで」
「それって発行してもらわないと味方じゃなくなるんですか?」
「発行されなくても味方だねぇ」
「チケットの意味ないじゃないですか」
 早速計画が暗礁に乗り上げた。悩んでうめく私をよそに、木手くんはさっさと授業の準備を始めてしまう。
「たくさん俺のことを考えて悩んでくださいね」

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