06:きっと120度くらい



 ある日の昼休み、私は食堂から校舎へ戻る道を歩いていた。比嘉中オリジナルメニューはどれもこれもインパクトがすごい。ゴーヤづくしDXとチラガースモーク弁当は未だに頼む勇気がなかった。いつだったか、比嘉ソバをすすっていたら木手くんに「軟弱ですねぇ」と通りすがりになじられたことがある。そう言う彼のトレイにはしっかりゴーヤづくしDXが乗っていた。その隣には私のものと同じ比嘉ソバも。食べ切れるのかなと思って見つめる私の視線に気づいたのだろう。
「来月には三校対抗戦がありますからね。今年は早食い競争でリベンジしますよ」
 木手くんの目はぎらぎらとやる気に満ちていたけれど、なぜ三校対抗戦で早食いがあるのかは誰も教えてくれなかった。
 ゴーヤは木手くんの好物らしいし、確かに学食の人気メニューだけど。全体的に緑なんだもの。食堂で売られている菓子パンやサーターアンダギーばかりかじっていたい私ではあったが、それはそれで木手くんがいい顔をしないのでできるだけ自重している。
 ――などと考えていられるのは、昼休みが終わるまで比較的時間の余裕があるからだった。
 向こうの方に、問題の渡り通路がある。木手くんに何度も「近づかないように」と言い含められているので、実際落ちたことはない。深さ10メートルを落下する勇気なんてない私は、当然素直に頷いた。なのに木手くんやテニス部の子たちは、あえてあの落とし穴に挑むのだから不思議だ。男の子ってそういう生き物なんだろうか。
 そんな風によそ見をしながら歩いていたから、前方の人だかりに気づくのが遅れた。
 歓声を上げながらみんなが誰かを囲んでいる。その輪の中心にいるのは――そうだ、確か平古場くん。木手くんと同じテニス部だったはず。彼と、同じくテニス部の甲斐くんが楽しそうに踊っていた。二人とも明るい髪色で目立つ。うわ。あんなバランスで。
 なんとなくその場で立ち止まって見ていると、二人が誰かの腕を引いた。ここからだとよく見えない。少し近づいて背伸びしたその姿勢のまま、私は固まった。
 木手くんだった。「やれやれ」みたいな顔をしながらも二人の仲間入りをして、一緒になってダンスを始める。当然私の目はそこから木手くんに釘付けになってしまった。
 人の身体と頭であんまりよく見えない。かといって輪に加わるまで近づくのも気が引けて、私は周囲を見回した。すると都合のいいことに、植え込みの影に大きめのブロックが放置されていた。ちょっとぐらぐらしているけど構うことはない。台の代わりになったブロックのおかげで、木手くんのことがよく見える。
 …………めちゃくちゃかっこいい。やっぱり。
 木手くんが振り上げた足の角度を二度見した。中央で踊っているのは別の子たちなのに、少し外れたところにいる木手くんの姿は目を引いた。
 これはモテる。モテ倒してしまう。
 それを悟るとなんだか身体から力が抜けて、あやうく足を踏み外すところだった。慌てて飛び降りて事なきを得る。何しろ私のバランス感覚は人間離れしている(悪い方へ)。自慢じゃないけど目を閉じて片足立ちなんてしようものなら、すぐさま体勢を崩すのだ。本当に自慢にならない。
 そそくさとその場を離脱した私は、少し早めに午後の授業の準備をすることにした。うん。それがいい。



「さっきね、外で木手くんたち見たよ」
「たち?」
「木手くんと、平古場くんと、甲斐くんと」
「見てたんですね」
 昼休みの終わり際、予鈴が鳴る前にきちんと木手くんは教室へと戻ってくる。人垣に囲まれていた木手くんが、私の隣の席に戻ってきた。今木手くんを見ているのはきっと私だけだ。そのことを意識するとなんとなくむずむずしてくる気持ちを抱えて、思わず口にしてしまったわけだけれども。
「かっこよかった」
 褒め言葉のつもりだった。というか誰がどう聞いたって褒め言葉だと思う。なのに木手くんの表情は一瞬にして曇った。え。どうして。焦る私をよそに、木手くんはぎゅっと眉根をよせて低い声でうめくように吐き出した。
「そうですか。平古場くんがそんなに気に入りましたか」
「え、木手くんがだよ」
「は、」
 短く息を吐き出したきり、木手くんはそのまましばらく固まっていた。心の中で十秒数えて、そろそろ声をかけてもいいかなと思った頃、木手くんがゆっくりと動き出す。
「ええ……はい。そうですか。そうですね……」
 謎の独り言らしきものを口にしているけれど、多分大丈夫だと思う。それから更にまたしばらくして自分を取り戻した木手くんが、咳払いをしつつ私をちらりと見やる。
「変なものに登るのは危ないからやめなさいよ」
「見てたの!?」
「見えたんです」
 さっきは「見てたんですね」なんて言ってたくせに! 必死に覗こうとしていたのがバレていた。恥ずかしい。顔を覆う私の左隣から、噛み殺しきれない笑い声が聞こえてくる。幻聴だということにしたい。

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