12:図書カード大作戦



 土曜日は好きだ。丸一日休みなのに次の日も休める。朝寝坊も夜ふかしもやりたい放題のはずの土曜日に、私は朝から学校にいた。
 これが例えば補習だったりしたら、やる気も地の底まで落ちていくと思う。でも図書委員の当番ですと言われてしまっら仕方ない。別に土曜日にまで開けなくていいのに。そう言えたのは、金曜日の夜に借りてきた本を読み終える瞬間に「次巻につづく」を目撃したあの日までの私だ。シリーズものでしかも続き物なら、最初からわかるように書いておいてほしかった。休み明けにさっそく木手くんに愚痴ったのは言うまでもない。
「俺に言われても困るんですが」
「どうにかしてほしいわけじゃなくて、駄々をこねたいだけだったの」
「つまりあなたは俺に駄々をこねても許されると思ってるわけですね」
「だめ?」
「……構いませんけど」
 聞くだけならね、と口調は相変わらずそっけないままで、行動はどこまでも優しい。いつもの木手くんだった。
 ――なんてことを思い出していると、時間はまたたく間に過ぎる。貸し出しカウンターの中で好きな本を読みながら、たまにやってくる利用者の貸し出し手続きをする。ほとんど人は来なかった。私だって緊急性(一刻も早く続きが読みたいのに借りてこなかったとか)がなければ休み明けでいいやと思ってしまうだろうし。
 流石に当番だからと言って丸一日図書室に詰めていろなんてことは言われない。開けているのはお昼までで、後は適当に鍵を締めて帰っていいよと言われていた。適当にって何時ですかと聞いたら「てーげーでいいのさー」とのことだった。大体ニュアンスは伝わってきた。
 まあでもいつか木手くんに言われることもあるかもしれないし、と沖縄方言の辞書を引っ張り出した。それでぱらぱらめくっているところに、木手くんがやってきたのだった。
「木手くん!」
 ちょうど彼のことを考えているところだったから――まあ最近の私は大抵木手くんのことを考えて過ごしているけど――それで現れたのかと思ったけど当然違う。昼で部活の練習を終えて、それで顔を出したのだと木手くんは言った。
「何か知りたい言葉があるんですか」
 カウンターに置いてある沖縄方言の辞書のことだろう。
「てーげー」
「大体、おおよそ、適当」
 なるほどと頷いて、先生に言われた時のことを話した。木手くんも納得したように頷いて、
「どうせよく言われることになるから覚えておいてもいいですね」
 どこか達観したような顔と声をしていた。
「ね、木手くん何か本借りない?」
「本ですか」
「なんでもいいよ」
「ただ漠然と何でもと言われても困るんですけどね」
 木手くんはたまにCDを借りにくる。それが元からの習慣なのか、私が借りにきてねと言ったからなのかは定かではない。都合のいいように考えたり、そんなわけないとへこんだり、日によってどちらになるかは私のメンタル次第だ。
「貸出カードにいつも先に名前が書いてあって、それが気になるっていう」
「例の映画ですか」
「例の映画です」
 沖縄にやって来て驚いたことはたくさんあるけど、金曜夜の例の映画番組がないことに驚いた。以前、金ローは!? とテレビ欄をつきつけた私に木手くんはしっくりこない顔をしていたけど、どうりで。
 夏休みや冬休みや何かの節目にテレビで放送されまくることがなくても、例の映画会社は有名だった。木手くんも観たことがあるのだろう。すぐに私の言いたいことが通じたらしい。
 ここは聖蹟桜ヶ丘じゃないし私が耳をすましたところで聞きたいのは木手くんの声だったけど、とにかくあの映画のシチュエーションを貸出カードをなんとなく思い出すのだ。
「そういう運命的な恋の芽生えに憧れることもあるんだよ」
 軽口のつもりだった。きっと木手くんならいつもみたいに返してくれるんじゃないかと思って。でも。
「じゃあ今は芽生えてないんですか」
「え」
「恋」
 恋。
 聞こえた単語に呼吸が止まった。
「あ、いえ。別に俺にってわけじゃないですけど――は? 他に誰かいるんですか?」
 爆弾を落として私の呼吸と動きとあとついでに多分心臓も止めている間に、勝手に話を進めて勝手に怒るのをやめてほしい。かといってこの状況で私に言えることなんて何もなかった。
 何か言わないとおかしく思われる。必死に頭を回転させるが何も思いつかない。だめだこれじゃ木手くんの言う「頭の回転の早い女性」じゃない。ああ、だから油断するとすぐ思考がそっちに持っていかれるけどそうじゃなくって――。
「……俺はおかしなことを言っていますね」
 そんなことないよと告げたのは、あまりに小声で届いたかどうか。おかしいのは私の方だと思った。最近の私は木手くんを前にするとずっとおかしい。
「聞かなかったことにするように。では」
 流石にそれは素直にはいと返事をするわけにいかなかったのだけれど、そう答える前に木手くんはさっさと帰っていった。当然私が追いつけるはずもない。
 結局木手くんは何をしに来たのだろうか。
 疑問はつきないし頭は混乱したままで、私はしばらくカウンターで一人呆然と虚空を見つめていた。

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