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暑さで目が覚めた。
少し重たい瞼を時計にやれば、あれから1時間しか経っていなかった。
クーラーを点けて寝転がりながらボーッとしていると携帯が鳴る。
ディスプレイには唯の母親の名前。
通話ボタンを押せば、久しぶりに聞くおばさんの声が耳に入ってきた。
『もしもし大輝くん?久しぶり』
「…お久しぶりです」
『元気にしてる?』
「あー、まぁ…」
そう曖昧に返事をすれば、おばさんのフフッと優しく笑った声が聞こえた。
「俺に何か用っすか?」
『あのね、渡したいものがあるの』
「渡したいもの?」
『そう。でね、悪いんだけどこれからあの子のお墓に来てほしいの』
「…さつきに何か言われたんすか?」
『さぁ?どうかしら?」
きっとさつきが告げ口をしたのだろう。
じゃなかったら、おばさんが直接俺に電話してくることはない。
適当に返事を返して俺は通話終了ボタンを押した。
「…めんどくせぇ」
重い腰を上げて、部屋着から私服に着替える。
脱いだ服をベッドに放り投げ、小銭をズボンのポケットに突っ込み、俺は家を出た。
ジリジリと日差しが肌を刺激する。
「誰だよ、今年冷夏って言ったやつ」
全然冷夏じゃねー。
そう愚痴を零しながら、一歩一歩確実に唯の墓へと向かっている。
最後に墓参りに行ったのはいつだっただろうか。
もう随分と行ってない気がする。
行く暇がなかった訳じゃない。
何度もさつきや親に行こうと誘われた。
だが、俺はそれを全て断った。
「あっちー」
額から落ちる汗を拭い、なるべく日陰を通りながら歩く。
しばらくすればたくさんの墓と家族連れが見えてきた。
おばさんに言われた通りに唯の墓の前に行けば、誰もいなかった。
まだ来てないのか、と墓石で影が出来た所に腰を下ろそうとすれば足に何か強い衝撃を食らった。
「だいちゃん!」
そう言って足に突進してきたガキを見て驚いた。
唯にそっくりで、文句の一つでも言ってやろうと思っていた俺は言葉を失った。
「大輝くん」
おばさんの声が聞こえて振り返ればあの時より少しシワが増えたおばさんが、おじさんと二人で並んで歩いてきたのが見えた。
「久しぶりだね、今日は唯のお墓参りに来てくれてありがとう」
そう言ってクシャリと微笑んだおじさん。
おじさんはあの時と変わらない手つきで俺の頭を撫でた。
この年になってまで頭を撫でられるとは思わなかった。
「その子ね、唯の妹なの」
「、妹」
「そう、妹。優って言うの」
未だに俺の足に引っ付いて離れない優の頭を遠慮がちに撫でれば、あの頃の唯のように無邪気に笑った。
涙が出そうになった。
唯ではない、ただ似ているだけの優。
あの頃に戻ったみたいで、目頭が熱くなった。
それに気づいたのか、気づいてないのか、おじさんとおばさんはお墓を綺麗にしようと掃除を始めた。
「大輝くんは優の側にいてね」
そう俺に言い残しおじさんとおばさんは水を汲みに言ってしまった。
残された俺はおばさんに言われたとおりに優の側にいることにした。
「あのね、だいちゃん。これね、だいちゃんにあげる」
そう言って優は首にぶら下げていた古い携帯を俺に渡してきた。
どこか見覚えのある携帯。
ところどころ傷が付いていて、携帯を開けばディスプレイの右端に3人で撮ったプリクラが貼られていた。
「それね、おねえちゃんのけいたいだってママがいってたの!」
「ああ」
「ゆうはね、もういっぱい、いーっぱい、おねえちゃんのこえがきけたから、だいちゃんにあげるね」
「どういう」
「さてと、じゃあ掃除も終わったことだし挨拶しないとね!」
「あいさつー!」
パタパタと優はおばさんの元へ走っていき、おじさんは既にしゃがんで手を合わせていた。
しばらくして挨拶が終わったのか、おじさんとおばさんは俺のほうに振り返る。
「じゃあ、またね大輝くん」
「部活、頑張ってな」
「だいちゃん、バイバーイ!」
それだけ言ったおじさん達は家へと帰っていった。
唯の墓を見れば、蝋燭がゆらゆらと燃えていた。
線香が煙を空へと伸ばしていて、それを辿るように上を見れば照り続ける太陽と空に広がった入道雲が見えた。
120820