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俺とさつきにはもう一人の幼馴染がいる。
そいつは生まれつき身体が弱く、小さい頃から入退院を繰り返していた。
子供だというのに、無邪気に笑ったりしなかった。
ただ、静かに瞳の奥に悲しさを秘めながら微笑む。
「運動をしてはいけない」
そう医者に言われたらしく、唯はそれに忠実に従っていた。
真っ白なスケッチブックに書かれているのはたくさんの空の絵。
さつきはそれを見て「きれいだね」なんて言っていたけど、俺からしてみれば正直よくわからなかった。
ある日、俺とさつきがいつものように唯の病室へ向かえば唯は窓の外を見ていた。
また空を見ているのかと思ったけど違った。
中庭で楽しそうに遊ぶ様子を見て「…いいなぁ」と呟いたのを俺とさつきは見逃さない。
俺とさつきは互いを見て、小さく頷く。
「唯ちゃーん!」
「唯ー、遊びに来たぞー」
そう言って病室に入れば、唯は少し慌てて周りをキョロキョロと見ていた。
俺とさつきは何事もないふりをして、唯が座っているベッドに近づく。
「いらっしゃい、大ちゃん、さっちゃん」
静かに微笑んだ唯の手を2人で握る。
「どうしたの?」
首を傾げた唯。
それに答えるように先に口を開いたのはさつきだった。
「今日は、唯ちゃんも遊びに行こうよ!」
「え?」
「お外行こ!帽子は私の貸してあげるから!」
「で、でも…運動しちゃいけないって」
「運動しなければいいんだろ?散歩でもしよーぜ」
戸惑いながらも唯は、俺達が握っていた手をギュッと握り返した。
それを合図に俺達はなるべく人に見つからないようにして病院を抜け出した。
俺、唯、さつきの順で手を繋ぎながら、そう遠くない公園へと向かった。
夏も近づいている為か太陽の日差しが肌をチリチリと刺激する。
「唯、大丈夫か?」
「う、ん」
ずっと病院にいた唯。
この暑さには慣れていないんだろう、フラフラとしていた。
「大ちゃん、ちょっと休憩しようよ」
「そうだな、何か買いに行くか」
俺達は近くにあった駄菓子屋さんへと足を踏み入れる。
駄菓子屋に入ると唯は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡した。
「いっぱいお菓子がある…」
「ここはお菓子の店だからね!」
「これ旨いぞ」
そう言って10円で買える棒付ききな粉餅を唯に渡す。
「食べてもいいの?」
「おう、金は婆ちゃんに払っといた」
「それ当たり付きなんだよ!棒の先に赤色が付いてたら当たりなの!」
「当たったらどうなるの?」
「もう一個もらえるの!」
唯は少し躊躇いながらも、一口サイズのそれをパクリと口に含んだ。
ゆっくりと噛んで棒だけを引き抜く。
引き抜かれた棒の先には赤色が付いていた。
「あ、当たりだ!」
「俺これ一回も当たったことねぇ」
「それは大ちゃんの日頃の行いが悪いんだよ」
「あ?じゃあ、さつきは当たったことあるのかよ」
「残念でしたー!一回あるもんね!」
「一回だけだろ」
「一回も当たってない大ちゃんに言われたくない!」
いつの間にか唯を忘れて2人で言い争っていれば、クスクスと笑う声が聞こえた。
俺とさつきは口喧嘩をやめ、唯の方へと振り返る。
唯は棒を持ってない手で口を押さえながら笑っていた。
いつもとは違う笑い方。
目を細めて笑う姿に俺達もつられて笑った。
「よし、次は公園に行こうぜ!」
もう一本、棒付ききな粉餅を婆ちゃんに貰ったが当たりはでなかった。
唯の体調が戻ってきた所で俺達は公園に向かう。
しばらく歩いていると公園が見えてきた。
ここら辺では結構大きな公園。
シーソーにブランコにジャングルジム、鉄棒などいろいろな遊具がある。
周りで楽しそうに遊んでいる子供達を見て、唯はソワソワとしだした。
「最初はすべり台行こうよ!」
さつきがそう言って俺ごと唯を引っ張って、すべり台の方へと向かう。
順番に並んで自分たちの番が来るまで待つ。
いざ、順番が回ってくると初めてで怖いこともあってか、唯は中々滑ろうとはしなかった。
「3人で滑るか」
「え?」
「いいね!面白そう!」
俺が一番初め、唯、さつきの順番で座る。
「唯、俺の服掴んでろよ」
「じゃなかったらポーンって飛んでっちゃうんだから!」
「わ、分かった」
唯がぎゅっと俺の服を握ったのを合図に俺達は滑り出した。
あっという間に砂場に到着して、ポカンとしている唯の手を引いて立ち上がらせる。
「唯ちゃん、大丈夫?」
「…かい」
「え?」
「もう一回、やりたい」
目をキラキラとさせながら、俺とさつきの手を取って唯はすべり台へとまた歩み出す。
それから何度かすべり台で遊んだ後、いろんな遊具で遊んでいれば陽が傾いてきた。
「もう帰るか」
「まだ、まだ遊びたい!」
「また一緒に遊びに来よ?」
しょんぼりと俯いてしまった唯の手を握って俺達は病院に戻った。
その後はまぁ、言わずもがな親に怒られた。
「唯!一体どこに行ってたの!?」
唯の母さんが心配したと唯を怒る。
「あのね、お菓子屋さんに行ったの!それでね当たりが出てね、公園で遊んだの!すべり台で遊んでそれからね、」
とても楽しそうに話す唯に、唯の両親は嬉しそうな表情を見せた。
「そう、よかったわね」
「うん!」
「一応検査しに行くわよ」
「はーい!大ちゃん、さっちゃんまたね!」
母さんと手を繋ぎながら唯は俺達に大きく手を振った。
その場に残った唯の父さん。
2人を目で見送った後、唯の父さんは近づいてきて、俺達の目線に合わせるようにしゃがんだ。
「唯と遊んでくれてありがとう。唯があんなに楽しそうに話をしているのは初めて見たよ…。これも君達のおかげかな?もし良かったら、これからも一緒に遊びに連れていってくれるかい?」
「もちろん!」
「また遊びに行く約束したしな」
そう言うと唯の父さんは嬉しそうに微笑みながら俺とさつきの頭を撫でた。
それからというもの、ちょくちょくと外で遊ぶようになった唯は前よりも子供らしく笑うようになった。
それから退院した唯は俺とさつきと一緒に帝光中に入学した。
春を過ぎ、夏、秋、冬と過ごしていく中で、唯は体調を崩すことはなかった。
順調に回復していっていると思った。
だが、実際には違った。
2年の夏休みになって唯はまた入院した。
今度はどうやら長期の入院になるらしい。
「また病院生活か…」
「授業サボれるからいいだろ」
「全然嬉しくなーい!」
そう言って唯はベッドの上でゴロゴロと寝返りを打つ。
これまでに変わったこと、それは唯と俺の関係。
前みたいに只の幼馴染じゃない。
今では彼氏と彼女。
「ねぇ、大ちゃん」
「あー?」
「ちゅーして?」
そう言う唯に俺は目を見開く。
付き合って初めてするわけじゃない。
だが、誘われたのは初めてだった。
「嫌?」
「嫌、じゃねぇけど…。どうしたんだよ」
「んー、何となく」
「んだよそれ」
唯の頬に手を添えれば、唯は静かに目を閉じた。
触れるだけのキスをして離れようとすれば、唯が俺の首に手を回して俺を引き寄せた。
近くなる距離と唯の突然の行動に驚いて固まっていると、唯が唇を寄せてきた。
触れるだけのキスを繰り返して互いに離れる。
どこか気まずくて、俺達を沈黙が包んだ。
「そういえば、大ちゃん部活は?」
沈黙に耐えられなくなったのだろうか、唯が話しかけてきた。
「今日はミーティング。明日は練習だから遅くなる」
「毎日来る大ちゃんって相当暇人だよね」
「んだと」
「んで、とても優しい人」
ふわりと微笑んだ唯の表情に一瞬目を奪われた。
それと同時にドキッとした。
それは唯に残された時間がもうないのだと知らせる合図だったのかもしれないと今になって思う。
暗くなってきたから帰るよう唯に言われた俺は、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、また明日な」
「うん、バイバイ。…大ちゃん」
「ん?」
「部活、頑張ってね」
「おお」
今になって思えばあの日の唯は変だった。
やけに落ち着いていたというか、言動だって変なところは度々あった。
唯は気づいていたのかもしれない、自分に残された時間が残り僅かなことを。
次の日、スッキリしない体を無理やりにも起こし学校に向かう。
いつもどおりに登校して、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに唯に会いに行く。
そして一日が何事も無く終わる、そう思っていた。
放課後、テツと一緒にシュート練習をしていたらタオルを洗いに行っていたさつきが慌てて体育館に飛び込んできた。
「大ちゃん!」
「あー?」
「い、今、唯ちゃんがいる病院から電話があって、唯ちゃんが、唯ちゃんが…」
泣きながら訴えるさつきにそれ以上は聞かなくても分かった。
ボールを手放し、後ろから聞こえる声を無視して俺はひたすら走った。
病院まではそう遠くない距離だ、いつもなら走ったらすぐに着く。
だけど、この時は違った。
一歩一歩が遅く感じて、直ぐに上がる息が恨めしいと思った。
病院に着いて、まっ先に唯の病室へと向かう。
唯の病室の前には人だかりができていて、唯の父さんと母さんが肩を抱き合って泣いていた。
人を避けて病室へと踏み込めば、たくさんの管が繋がった唯の姿が目に入った。
唯の顔には白い布が被せられていてもう手遅れだと気づいた。
「…唯」
視界が霞んで涙がこぼれ落ちた。
目を閉じれば、昨日の静かに微笑んだ唯の姿が浮かび上がった。
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