旅の終わり

「本当に……本当に帰ってこられたんですね、」

彼に手を引かれて、アイシクルロッジの"二人の家"に帰ってきたのは、この星の危機が去ってから数日後のことであった。目を覚ますことなく深い眠りについていたという自分を、彼も仲間も、ひどく心配してくれていたという事実に胸を痛める。

そして同時に、皆に心からの感謝もしていた。彼と皆がいたからこそ、そして今は亡き彼女がいたからこそ、こうして自分はまた彼と二人、この星の上に立っているのだ。

「ああ、私達の家に、な」

きっと初めて出会った頃では感じ取ることができなかったであろう微かな笑みも、今はしっかりと汲み取ることができる。僅かに目を細めた彼はこちらの手を取り、ゆっくりと二人の家に足を踏み入れた。ずっと夢見ていた帰宅に、叶うことはないと思っていた帰還に、二人の心は穏やかでありながら、同時に胸を高鳴らせてもいた。



長らく放置されていたその家は、埃をかぶり、部屋の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされ、どこかじめじめとしていた。それでも、彼女の──エアリスの生まれたこの場所にまた二人で帰るという約束は果たされたのだ。

こちらの手を握る彼の表情はいつになく穏やかで、それでいて安堵したようでもあった。

しかし、家の清潔さなど今は問題ではなかった。そんなものはこれから二人でどうとでもすることができる。二人が無事にこの場所に帰還できたというそのことが最も重要なのであり、そして二人が最も夢見ていた未来でもあった。

「おかえりなさい、ヴィンセントさん」

「ああ……イリスも」

約束をした時には決して叶うはずのないと思っていたことが、今こうして現実のこととなっている。思わず涙ぐんでしまいそうになるほどの幸せを噛み締めながら彼を見上げれば、マントをやや下にずらした彼に口付けをされる。そうして少しはにかんだ彼は、また口元を隠すようにしてマントを引き上げてしまった。

「なんだか、まだ実感が湧かないです……」

未だに慣れない彼からの口付けに、恥ずかしさを隠すようにしてそう口にした。それでも、実感が湧いていないのは事実でもあった。これからここで彼と過ごすであろう日常を思い浮かべることも、今はできずにいる。

「私達には時間がある。焦る必要はない」

それを見越したように、彼はやわらかな口調でそう言った。頭をぽんと撫でる彼の手からはぬくもりを感じ、目の前に広がる小さな家は確かに存在している。

二人で生きてゆく。

実感はきっと後からついてくるものなのだ。彼と日々を過ごしてゆくうちに、少しずつわかってくるものなのかもしれない。彼の言う通り、自分達には時間があるのだ。この星の続く限り、時間があるのだ。

「幸せです、とってもとっても」

「……私もだ」

彼の方も、気持ちを言葉にすることにまだ不慣れなのかもしれない。口元を隠しているマントに、更に深々と潜り込むようにして、彼は内心を口にする。そんな姿を見ていると、また愛しさが募る。



「イリス、」

「は、はい!」

ぼんやりとそんなことを考えていると、唐突に彼に腕を掴まれた。気付けばふらりと倒れ込みそうになっていた。

「今日は休むべきだ」

「は、はい……。そうですね。でも……」

確かに、目覚めたばかりの自分にこの部屋を片付ける気力と体力はなさそうだった。しかし、この埃まみれの家で彼を寝かせるのも気が引けてしまう。

「あのソファーに」

彼に手を引かれて、いつか二人で座ったソファーへと連れてゆかれる。きっとエアリスと、彼女の両親が、家族の思い出を紡いできたであろうソファーに、二人でゆっくりと腰かけた。

「すみません、なんだかまだ体調が万全じゃないみたいで」

「わかっている」

こちらを宥めるように髪を梳く彼の手は、いつになく穏やかだった。その手のぬくもりと彼の優しさに、徐々に眠気に襲われる。

「ヴィンセントさんも、ここで、」

「ああ、私もここに居る」

瞼がだんだんと重くなってゆくのを感じる。それでもかつてのような不安はない。もう自分は目覚めることはないのではないかと、そんなことを考えて眠りにつくことはきっともうないのだ。

「ヴィンセントさんも一緒に……」

一緒に眠りましょうと、そう言うよりも先に、彼の唇がこちらの唇に押し当てられた。目を閉じたまま、ふふっと笑みが零れてしまう。

こちらの肩を抱くようにして隣に座っている彼に、身も心も包まれたような安心感を得た。彼も同じように安心してくれていると良いのにと、そう思いながら、彼の腕の中で眠りに落ちた。

もう恐れることはない、二人で眠る夜は死の恐怖もなければ、贖罪としての眠りでもない。

寄り添い眠る二人を照らすように、窓からは、やわらかい月の光が差し込んでいた。二人を祝福するように、今は亡き彼女が二人を照らしてくれているような気さえした。


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