希望の白

その滝の映像は、彼女の白マテリアが淡い緑色に輝いている場面をしばらくの間映していた。そして、徐々に映像が消えてゆき、最後にはまたただの水を流すだけの滝に変わってしまった。

「エアリスは俺達に大きな希望を残してくれた。けれどもそれはエアリスの命……エアリス自身の未来と引き換えに……」

水の流れる音を聞きながら、皆は静かにクラウドの声に耳を傾けていた。彼女が自分達と、この星のために残したものを、ここへきてようやく知ることとなった。

「ごめんエアリス、もっと早く気付いてあげられなくて」

クラウドは泣き出しそうなほどの震える声で、今は亡き彼女に語りかけていた。そしてその彼女に対する想いは、その場にいる全員が感じていた想いだった。

「一言も言葉を交わすことなく俺達の前から居なくなってしまったから……突然だったから……俺は何も考えられなくて……。だから気付くのが遅れてしまった、でもエアリス、俺、わかったよ」

皆の想いを代弁したその言葉は、彼女に届いている気がした。彼女はいつも自分達の傍にいてくれていたのだから、きっとこの声も届いている。「おそ〜い!」と頬を膨らませながら、怒ったように笑う彼女が目に浮かぶ。

「エアリス、大丈夫だ。あとは俺が何とかする」

「"俺達"だよ、クラウド!」

「そうだよ……! アタシら全員で頑張るんだ!」

苦労の果てに見たのは、目を背けたくなるような彼女の最期と、湖に沈んだ白マテリアの映像だけだった。しかし、その映像は皆の心を更に奮い立たせ、決戦に向かわせるには十分すぎるほどの価値を持っていた。

「エアリスが私達に残していってくれたもの、無駄にしちゃいけないね」

「俺はやるぜ! エアリスのためにも、マリンのためにも、この星のためにもな!!」

彼女の想いは星に届いていた。彼女が残した最後の希望であり、それを受け継ぐことができるのは自分達しかいない。

誰にも相談することなく、一人で星の命運をかけてこの地へ来た彼女に、不安がなかったとは思えない。危険を承知の上で、それでも使命感に突き動かされて、彼女は祈りを捧げていたのだ。

そんなことを考えると、また胸が締め付けられる。彼女にしてあげられることがあったのではないかと、自分を責めたくもなる。

「俺様たちにできんのはよお、やっぱ姉ちゃんのやりたかったことをやりきるってことだよな」

「そうだな。エアリスが命をかけてまでホーリーを唱えてくれたんだ。だから……」

そこまで言ってクラウドは視線を横に逸らし、考え込むようにして腕を組んだ。彼が何を疑問に思っているのか、それをいち早く察知したヴィンセントは、イリスの隣で静かに口を開く。

「白マテリアが輝いているにもかかわらず、ホーリーが動き出さないのは何故か、ということか」

「ああ、そうなんだ。エアリスの声は星に届いていた。それなのにどうしてだ……?」

「邪魔しとる者がいるんじゃよ」

それまで最後尾で静かに浮遊していたブーゲンハーゲンが、神妙な顔付きでそう言った。

星と語ることのできるエアリスがホーリーを求め、その声は星に届き、緑色の輝きとなって現れている。それでもホーリーが発動しないのは、それを妨害している人物がいることを意味している。

そんな人物は彼しかいない。メテオを呼び寄せ、エアリスを殺めた張本人である彼以外には考えられない。

「セフィロス……」

彼はどこまでも自分達の一歩先を読んで行動している。いつまで経っても追いつくことのできない距離で、遠くからこの星を破壊しようと目論んでいる。

「クソ! セフィロス、セフィロス、またセフィロスかよ!」

「……あいつは今どこに居るんだ?」

北の地で、深い洞窟の中で眠りについているセフィロスの姿を見た。それが本物の彼であり、黒マテリアを手にした彼は、更なる力を手に入れたのかもしれない。そして、その後の彼の動向は掴めていなかった。

クラウドが意識を失い、仲間はジュノンに捕らえられ、ヒュージマテリアを回収するという目まぐるしい時間を過ごしている間に、彼のことがどこか頭から抜け落ちていたのかもしれない。

この仲間と旅をしてきた当初の目的であったセフィロスが、ここへきてまたもや大きな壁となって立ちはだかっていた。



「セフィロスさんは、メテオを呼び寄せて、この星に衝突させて、それから……この星のエネルギーを吸収しようとしているんですよね?」

皆でセフィロスの行方を考えている時、会話を遮ってよいものかと思案しながらも意見を口にした。皆が自分を振り返り、そういえばそうだと、今一度彼の目論見を思い返す。

「それならきっと、エネルギーを吸収することに一番適した場所にいるんじゃないかと思うんです」

「そういやあ、北のあのクレーター、あそこにでっけえバリアが張られてるぜ!」

「クレーターにバリア……いつからだ?」

飛空艇からの景色を最もよく見ているであろうシドは、これまで見た景色を思い返し、ひらめいたように口を開いた。

北のクレーター、それは例の"本物のセフィロス"が眠りについていた場所であり、クラウドが黒マテリアを渡してしまったあの場所だった。

「じゃあ、セフィロスはまだそこにいて、邪魔されないようにバリアで守ってるってこと?」

「……かもしれません」

そう結論に至ると、皆には再び闘志が湧き上がってきているようだった。彼の居場所が分かった以上、こうしてはいられないと、足早に滝をくぐり始める。

「イリス、」

「は、はい! 今行きます」

「……どうした」

皆について滝をくぐり、細い足場を歩きながら、彼は静かに声を掛けた。もうきっと彼に隠し事をすることはできないのだろうと、降参したように口を開く。

「私達が今まで見てきたセフィロスさんって、セフィロスさんのコピーだったんですよね」

「そのようだな。本体はあの北の大空洞で眠っていたのだろう」

「だとしたら結局、セフィロスさんはずっとその大空洞にいたんですよね。始めからずっとそこにいて、今もそこに居続けてるんですよね」

そう考えると、彼に翻弄され続けてきたことが途端に虚しく思えた。助けては置き去りにし、慈しみを与えられたかと思えば憎しみを残した。それは全て彼のコピーであり、本物の彼はあの場から動いていなかったのだろうか。

「私達も随分と奴に振り回されたものだな」

「全部の答えは、始めからそこにあったのに、どうして気付けなかったんでしょう。そしたら、ひょっとしたらエアリスさんも……」

「それは少し違う」

やっと細い足場を通り抜け、元来た道を並んで歩きながら、彼は手を取りそう言った。否定的な言葉を発しつつも、その声に怒りや憤りのようなものは感じられない。

「結果だけを見ればそう思うかもしれないが、重要なことはそこに至るまでの過程だ」

「過程、ですか?」

目元を細めてそんなことを言う彼には、今自分の抱いている虚無感や落胆の気持ちは微塵もないようだった。どんな意図でそう言っているのかと、彼の瞳を見つめ返す。

「この長く苛酷な旅を経なければ、今の仲間の姿はない。セフィロスに翻弄され、悲しみと憎しみを共有したからこそ、今こうして皆が闘志を燃やしているのだ」

だから無駄足を踏んだ訳ではないと、そう言った彼の言葉は腑に落ちた。

確かに、すぐ隣を歩く彼は、こんな笑顔を見せる人ではなかった。彼が自分を想う日がくるなど、想像すらできなかった。喜びだけでなく悲しみをも共有し、一見遠回りに見える道を歩んできたことが、実は仲間にとっても必要な過程だったのかもしれない。

「ぜんぶ大切なこと、だったんですね、きっと」

「これまでの経験は、これからの私達を助けてくれる」

彼の凛々しい横顔を見ながら、彼の言葉を噛み締めていた。確かに結果よりも過程が大事なのかもしれないと、目の前を走る仲間の背中を見て再度そう考えていた。


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