あの日の天使

「んで、じいさんは結局何してたんだ?」

「この都に漂う古代種の意識を感じ取っていたのじゃ! 盗み聞きをしておっただけではない!」

さらりと二人の会話を盗み聞きしていたことを白状しながらも、彼は悪びれる様子もなくふわふわと浮かんでいた。祭壇に集まる皆の前に降り立つと、改めて皆に向き直る。

「その古代種の鍵を、奥にあるオルゴールに差し込むのじゃ。すると、儂らの求めているものが見えてくる、とな」

「オルゴール?」

そんなものがこの空間にあったのかと驚きつつ、自分達の求めているものが見えるという彼の発言に期待感が高まる。一体どのようにして「見える」のか、どのような原理でそうなるのかは全くの謎に包まれていたが、自身ありげにそう語る彼に偽りは感じられなかった。

「儂が鍵を差してこよう。お主らはここに居るんじゃ。そして何が起こるのかをしかと見ておくのじゃ!」

そう言ってクラウドの手から古代種の鍵を半ば強引に受け取ると、彼は祭壇の更に奥の暗がりに飛んでいった。

「何が起こるのかしら……」

「じっちゃんがあんな風に言うんだ、きっとオイラ達に必要なものが見えるんだよ!」

これから見られるものへの期待と、一体何が起こるのかという不安を交えながら、皆は固唾を飲んで祭壇に佇んでいた。

奥へ進んだ彼の姿は、暗がりのせいか目視できなかったが、またあの「ホーホーホウ!」という声が聞こえ、鍵が差し込まれたのだと、祭壇を凝視していた。



祭壇にばかり気を取られていた皆の目の前に、上空から大量の水が零れ落ちてきた。鍵を差し込んだことで何かしらの装置が起動したのか、ダムが開いたように次から次へと水が流れてくる。

「うわあっ!」

「みんな下がれ!」

一瞬反応が遅れたが、クラウドが後方に下がるよう指示したことで、皆の思考は再び動き始めた。祭壇から離れ、その空間の壁に添うようにして水の流れを見つめる。

ヴィンセントもイリスの手を引いて後方に下がりながら、徐々に滝へと姿を変えてゆく水流をじっと見ていた。

「さあ、その滝をくぐるのじゃ! そこにあるのは希望か、それとも……」

滝を挟んだ向こう側から、また彼の声が聞こえてきた。この大量の水を流し続けている滝をくぐって反対側に来い、ということなのだろうか。

「これすり抜けろってこと!?」

「水圧で潰されちゃいそうね」

「いやいやいや、っていうか祭壇の向こう側に足場なんかあった!?」

滝をくぐる、などという危険極まりない行為にティファは躊躇し、更には足場などあったのかとユフィは不信感を露わにしていた。

しかし、反対側から声を張り上げている彼の声は、どこか興奮気味に聞こえ、この滝の向こうに何かがあるということを示唆していた。恐れることはないと、皆を奮い立たせているようにも聞こえる。

「こうなったら行くしかない。俺達に残された最後の手掛かりなんだ。そうだろ?」

腹を括ったように一度笑みを向けたクラウドに、皆も大きく頷いた。

神羅カンパニーの作戦が失敗に終わり、メテオを止める手段はホーリーを求める以外には残されていないこともわかっていた。その手掛かりとなるものが、この滝の奥にあるのだ。

ヴィンセントだけでなく、他の皆までもがイリスにくっついて歩き、恐怖を希望に変えながら、その滝へと近付いた。自分を囲むようにして歩く仲間を見上げながら、彼女は慎重に地面を踏み締めた。

「行くぞ……」

先頭に立つクラウドに続いて、全員でその滝をくぐった。実際に手を握っていたのはヴィンセントとイリスの二人だったが、心の中では皆で手を取り合って歩いているような感覚を共有していた。



「あ、れ……? ちゃんと歩けてる……??」

「全然痛くも冷たくもなかった気がするんだけど……本当に滝をくぐれたのかしら……」

滝をくぐり抜けた皆は、その不可思議な感覚に戸惑いを隠せずにいた。

滝の先、すなわち祭壇より先には、歩いて進める足場などないはずだった。そしてあれほど大量の水を落としている滝を生身でくぐるには、きっと身体に負荷がかかるものだとも考えていた。

しかし実際には地面を踏み締めて歩き、道が途切れて落下することはなかった。そればかりか、滝に打たれた感覚すら感じないままに、気が付けばその滝の反対側に辿り着いていた。

「ああん? どうなってんだ?」

「そんなん感心しとる場合とちゃいますよ! アレ見てくださいアレ!」

この不可思議な出来事にばかり気を取られていたが、またもや興奮したように滝を指をさすケット・シーに、皆も振り返り、そして驚嘆した。

「これは……」

「これはイメージを投影するスクリーンだったのじゃ! 見てみい、水のスクリーンに映ったイメージを!」

突如流れ落ちてきた滝は、祭壇の向こうから見たときには、勢いのあるただの滝でしかなかった。

それが今、滝をくぐって反対側からそれを見れば、流れる水にゆらゆらと揺れながら映像が映し出されていた。

「エアリスさん……」

「本当だ……これは"あの時"のイメージってことなのか……?」

そこには、あの日、あの場所で祈りを捧げていたエアリスの姿がうっすらと映されていた。それがどこからの視点なのか、どのようにして映像のように見えているのか、その仕組みはまるでわからなかったが、目の間に映っているのは確かに彼女だった。

「……」

「エアリス、」

刀がその身を貫き、閉じていた目を大きく見開いた彼女の姿が見えた。まさかもう一度、彼女の最期の瞬間を目の当たりにすることになるとは誰も考えていなかった。目を背けたくなるような場面に、皆の表情は硬く険しいものになってゆく。

「おい、星が俺達に見せたかったのはこれなのか!? エアリスがセフィロスに刺されるとこなんざ見せやがって、俺達はこんなもののために海底まで行った訳じゃ──」

「ホーホーホウ! よく見るのじゃ!」

バレットが顔をしかめて苦言を呈するのを遮って、ブーゲンハーゲンはまたもや興奮気味に映像を指さした。決して彼女の最期を見せるためだけに映像が投影されている訳ではないと、皆の注意をその滝に向ける。

「……輝いてる」

「ホーホーホウ! あわ〜い緑じゃ!」

彼女の髪から離れ落ちたその小さな白マテリアは、祭壇を跳ね、その下の階段を跳ねて湖へと沈んでいった。ゆっくりと湖の底へ沈んだそのマテリアは、その砂の上で静かに輝いていた。

「エアリスは既にホーリーを唱えていたんだ……」

その色はやはり、彼の言っていたように淡い緑色をしていた。それはすなわち、ホーリーを求めた彼女の祈りが星に届いていることを意味していた。

「俺がセフィロスに黒マテリアを渡してしまった後の、夢の中のエアリスの言葉……セフィロスを止めることができるのは私だけ、その方法と秘密がここにあると、そう言ってたんだ……」

クラウドはあの日のことを再度思い返すように、じっとその映像を見つめながら呟いた。彼が夢で聞いたというエアリスの言葉が、ここへきてやっとその意味を掴みつつあった。

「エアリスの言っていた方法がホーリーだったんだ……自分が持っている白マテリアの意味……白マテリアを自分が持っている意味、自分がすべきこと……それをエアリスはここで知ったんだ……」

滝の流れる音に掻き消されてしまいそうなほど静かに、クラウドは思い出を噛み締めるように言葉を紡いだ。それでも、皆は彼の言葉に耳を傾け、当時のエアリスの様子を思い返していた。

ーー私に任せてくれないかな、なんてーー

そう夢の中で笑みを浮かべていた彼女が、何を想い、何を考えていたのか。それを少しずつ紐解いていることに胸が熱くなった。

「やっと、エアリスさんのこと、少しわかりました」

それは他の誰でもない、エアリスに向けた言葉のようだった。思わず口を突いて出てしまったイリスの言葉に、皆も目頭を熱くしていた。


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