君がため

二人がコックピットへ着いたとき、仲間は全員で話し合いをしている最中だった。皆もまた、普段着とは異なる服を身に纏っている。旅の途中で着替えをすることなどなかったからか、普段と違う服装の皆を見渡せるこの光景は、ある意味貴重なものなのかもしれない。

そしてまた、皆も自分や彼と同じように、衣服を替えなければならないほどずぶ濡れになってしまっていたか、或いは衣服がぼろぼろになるまで戦闘をしていたのかもしれない。そんな状況で意識を失っていたということに、罪悪感を覚えてしまう。

「イリス!」

「イリスが元気になってる〜!!」

円になって話し合いをしていた彼等は、二人に気が付くなり手を挙げ、安心したような笑顔を向け、ユフィに至っては飛び掛かるようにして抱き締めていた。相変わらず感情を素直に曝け出す彼女が可愛らしい。

「イリスはもう大丈夫なのか?」

「ああ、ほとんど回復した」

クラウドはイリスに一歩近付き、覗き込むようにして視線を合わせた。大丈夫ですと、言葉にしようとしたが、やはりその声は彼には届かない。

彼女は今や、ロケットに居た時のようなうつろな目はしていなかった。呼び掛けにも反応し、表情豊かないつもの彼女に戻りつつあることが窺えた。しかし、上手く言葉を発することはまだできないらしい。もどかしそうな顔で俯いている。

「え、イリス喋れないの!?」

「んー……」

きつく抱き締めたまま驚いたように見つめるユフィは、言葉選びなど気にせずに驚愕の声を思うままに漏らしていた。

"喋れない"というのとはまた少し違うように思われた。小さな声で短い言葉を話すことはできる。ただ、以前のように、大きく驚嘆の声を漏らしたり、皆のような声量で話すことができないという、ただそれだけのことだった。

すぐ近くに寄せられたユフィの耳に否定の言葉を発すれば、彼女はまた少し目を潤ませて再度強く抱き締められる。

「大丈夫、ぜんっぜん大丈夫だから!」

「……うん、?」

どんな脈絡なのか、ユフィはイリスの身体を揺さぶるようにして力説していた。大丈夫、大丈夫と必死に繰り返される力強い言葉に、心までもが揺さぶられているように感じた。

「アタシ、イリスの言いたいこと、なんとなくわかる気がすんだよね!」

「まあ、確かにな。『私ならもう全然大丈夫です!』とか言ってそうじゃないか?」

「あとは『また沢山ご迷惑をお掛けしちゃったみたいで……』とかも言ってそうよね、ふふ」

言葉による意思疎通が以前よりも困難になっていることは明白だった。それでも、誰一人として落胆する者もいなければ、責め立てる者もいなかった。それどころか、「イリスの言いそうなこと」を口々に並べ、皆で共感し合ってさえいる。

「どうどう? 言ってそうじゃない?」

「……」

楽しそうに笑うユフィにつられて、図星だと、はにかむようにして頷いた。確かに、この状況ならば、皆の言うような言葉を発していたかもしれない。置かれた状況から、何を発言するかを的中させることは、きっと容易なことではない。しかし彼等はもう、その時々の表情と、その性格から、ある程度の内心を察することが出来ていた。

そんなことができるようになる程に、仲間とは随分長い時間を共にしてきたのかもしれない。最早言葉がなくとも、内心を察することができる。きっと出会った当初には想像もつかなかったことが、今起こっている。

「あたり、です」

喉に力を込めてそう言えば、目の前のユフィの顔はくしゃりと綻び、周囲に集まっていた仲間達も笑みを浮かべていた。これほどまでに優しい仲間がいれば、きっと不安など全て打ち消されてしまう。きっと全ての悪いことが、消えてなくなってしまう。そんな気持ちにさえなっていた。



「今ね、これからの事を話し合ってたの。結局メテオは止められなかったし、どうしよう、って……」

ティファの声には、落胆と不安が入り混じっているようだった。彼女の言葉に、皆も再度現実を突き付けられたように、険しい表情に変わる。

「あの……ロケット、は」

「あのままメテオに衝突してよお、目の前で粉々になっちまった」

どこか遠くを見ながらその時のことを思い返しているのか、シドの表情は悲しげでもあり、誇らしげでもあった。

「それから、みんなで脱出ポッドに乗り込んで、そのまま海に落っこちちゃったんんだ」

「まあ……! 落っこちたなんて心外です。私は初めから着水すると何度も言っていましたもの」

コックピットの奥からひょっこりと顔を出したのは、いつかロケット村で見たあの女性だった。意外な人物が飛空艇に乗っていると、少し驚く。

「ねえヴィンセント、ひょっとしてイリスに何も説明してないの?」

「ああ……いや、」

彼は珍しく歯切れの悪い返事をして視線を逸らした。イリスと二人きりでいた間の、あの入浴の出来事を思い出しているのか、或いは彼女が耳元で愛を囁いたことを思い返しているのか。

そんな出来事があったことを皆は知る由もなかった。しかし、意識を失っていたはずのイリスがシャワーを浴び、その上、別の衣服に着替えていた。そして常に冷静な彼が言葉を濁し、追求から逃れようとするかのように振舞っている。二人の間で何かが行われていたに違いないと、また妙な勘繰りが始まろうとしていた。

「クラウドから説明してくれ」

「……はあ、世話の焼けるやつだな」

好奇の眼差しに晒されるのはごめんだと、彼はクラウドに話を投げた。クラウドもまた肩をすくめて、大げさな溜息を溢している。それでも、以前のように二人を茶化すことができるのも、ひとつの仲間の形になっているのかもしれない。

妙な詮索はやめろと、じっとりと睨むようなヴィンセントの視線を回避しながら、クラウドはこれまでの経緯を語り始めた。



彼の話によれば、ロケットに搭載されていたヒュージマテリアは無事に回収できたらしい。その後、時間の差し迫る中、全員で脱出ポッドに乗り込み、この星へと帰還できたということだった。ただし、脱出ポッドは海に落下し、かろうじて這い出た海で全員がずぶ濡れになり、そのまま飛空艇へと帰還したとのことだった。

「今、普段着は洗濯してるの。だからこんなダサ……質素な服着てるのよ」

どうやら服装に不満のあるらしいティファは、はやく乾かないかしら、と若干苛ついたように腕を組んでいた。

そしてこの飛空艇にシエラが乗り込んでいることも、ロケットからの脱出の経緯を聞いて理解した。彼女がいなければ全員が無事に生還できていたかわからない。そう考えると、彼女には感謝をしてもしきれない。

「イリスがずっと上の空で、オイラすごく心配したよ」

「もうアタシらの声が聞こえないんじゃないかって、マジ焦ったんだから!」

皆の話は記憶を埋めるためにどれも重要なものばかりだったが、特に自分の当時の様子については驚くばかりだった。一度は意識を失い、そうかと思えば、誰の言葉にも反応せずにぼうっと遠くを眺めていたという。そんな経験はきっと今までにはなかった。

「……」

心配の声と、復帰したことへの喜びの声を多く投げ掛けられた。そのどれもが、自分を想い、気遣ってくれていたことの証であるということもわかっていた。それでも、どうしても、ひとつの疑念が頭から離れずにいた。

ニブルヘイムの地下室で見た資料、北の地で宝条に言われた言葉、更には例のほこらでルクレツィアに告げられた真実。そして、これまでにはなかった新たな症状。これまで考えないよう努めてきた事から、ついに逃れられなくなっているのかもしれない。

自分の寿命が、迫ってきているのではないか。

「ま〜たイリスは『申し訳ない』とか思ってんでしょ!」

「ボクらにとってはもう、イリスはんは大事に守る存在なんですから、今更そんなこと気にしとったらダメですよ」

笑いを交えながら、皆はまた自分を気遣い、元気付けようとしてくれていた。彼等の自分に対する評価や推測は、きっとほとんど合っている。しかし、この疑念だけは悟られたくはなかった。そして、悟られてはいけない気もしていた。

少し肩をすくめて、口元を緩めながら皆に笑みを向けた。これ程までに穏やかであたたかな時間を、自分はあとどれくらい共有できるのだろうか。一度生じてしまった疑念は消えることなく思考に居座り、じわじわと心を蝕んでいくようだった。


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