凄絶の生還
「やっと俺達の星が見えてきたぜ」
「イリス、もうすぐ星に着くからね」
脱出ポッドはその後、ゆっくりと宇宙を漂いながらも、確実に帰還の道を辿っていた。だんだんと大きく映る青い星に、無事に帰ることができるという安心感が広がる。
きっとイリスは返事をしないとわかっていても、そう声を掛けた。予想通り、彼女は瞬きを一度したきり何も言葉を発しなかったが、それでも構わなかった。きっと無意識下でこの声を聞いていると、そう思っていた。
「シエラさん、このまま行ったらどこに着陸するの?」
「そうね、このまま行くと……」
シエラは再び操作パネルに向き直り、現在の軌道と着陸の位置とを確認している。皆にはまるでわからない複雑な装置も、彼女ならば自在に操ることができると、全幅の信頼を置いていた。世界に名を馳せるシドが信用しているのだ、彼女に任せておけばきっと無事に帰還できる。
「着陸は無理ね」
「ええっ!?」
「ウソでしょ!?」
そんな彼女は淡々とそう言ってのけ、皆を驚愕させた。その冷静な口調が、かえって不安を煽る。慌てる様子もなく、パネルを黙々と操作している。
「あくまでも"着陸"は無理、ということです。皆さん安心して、きちんと着水してみせますから」
「それってつまり、これごと海に飛び込むってこと?」
「大丈夫なのか……?」
再び口々に不安の声を漏らすが、彼女は応えることなく操作パネルに向き合っている。その隣に座るシドも、どっかりと椅子に身を沈めて、今にも煙草に火を点けそうなほどの余裕を見せていた。
「てめえら、何にも知らねえのか」
「……ああ、悪かったな。俺達にもわかるように説明してくれ、"艦長"」
ここはシドとシエラの独壇場のようだった。クラウドの皮肉めいた発言に眉ひとつ動かさず、彼は意気揚々と語り始める。
「この脱出ポッドは球状になってんだ。見ただろ? まるっこくなってんのを」
「ああ、そんなことはわかってる」
もったいぶった言い方に、クラウドは子供が駄々をこねるようにむっと顔をしかめた。そんな彼を可笑しそうに笑ったシエラの声に、機内が和やかにすらなってしまう。
「こんなまん丸が陸地に落っこちたら、どこまでゴロンゴロン転がってくかわからねえだろ。第一、コイツは着陸を想定して造られてねえんだよ。地面に衝突したら俺達が粉々になっちまうぜ」
「……つまり、もともと水の中に飛び込む用に設計されてるってことなのね?」
「おう! さすが嬢ちゃん」
声高々に語り終えた彼は、両腕を組んでふんぞり返るようにしながら皆を見渡した。いつもの自慢げで得意げな顔が、今は妙に鼻につく。
「はあ……シエラさんも人が悪いわ。"着陸"か"着水"かなんて、私達にはわからないもの」
「そうだよ〜! マジびびった」
結局のところ、この脱出ポッドはきちんとその設計通りに星に帰り、着陸、もとい着水をすることがわかるなり、先程までの不安が杞憂に変わった。また可笑しそうに笑っているシエラに、じっとりと見つめる皆の視線が集まる。
「生きて帰れるんなら何でもいいや!」
「ボクらの星に着くまで、このぎょうさんある宇宙の星でも眺めときましょ。ね?」
あとはこの機体とシエラの操縦を信じて待つ他ないと、各々はまた窓の外へと目をやった。先程までとはまた違った星々が目に映り、時折流れてゆく星を見ている時間は、この上なく贅沢なものに思えた。
「ちょ、こんなん聞いてないって!」
「ユフィ、こっち、掴まって!」
確実に星へ帰還できるということも、この脱出ポッドは着水を想定して造られているということも、シエラの言葉に何一つとして嘘は含まれていなかった。しかし現在、皆は広い海の真ん中で、溺れそうになりながら必死で足を掻いていた。
「バレットはん! 沈んどらんとはよこっち来てください!」
「俺だってな、好きで、沈んでんじゃ、ねえんだ、よ!」
機体は大気圏を突破し、地表の海に向かって落ちて行った。その速度と重さに、水面は大きな水しぶきを上げて機体を受け止めた。その後どんどん沈んでゆく機体から脱出すべく、シドが扉を蹴破り、全員が海に放り出されていたのだった。
その腕に装着している銃が重すぎるのか、バレットは水面に顔を出しては沈み、再び顔を出すことを繰り返している。
「イリスは無事か、ヴィンセント!?」
「ああ、問題ない」
辛うじて浮かんでいる脱出ポッドの扉に掴まりながら、バラバラになった皆が着々と集まり始めていた。
ヴィンセントはイリスを抱き締めながら、彼女が呼吸ができるよう慎重に泳いでいる。いち早く扉の上に乗っていたクラウドは、ヴィンセントからイリスを預かるようにして海から引き揚げ、扉の上にそっと横たえた。
「こうなるならこうなるって、最初から言っといておくれよ」
「きちんと"着水"するとは言っていたはずなんですが……まさか皆さんが知らないなんて思っていなくて」
最早それが本心からの謝罪なのか、或いはまた可笑しそうにからかっているのか、シエラ表情の下にある感情を読み取ることは不可能だった。シドを手懐けているだけのことはある。そのシドでさえも、彼女の言葉に大きく声を上げて笑っている。
「おめえらのどんくせえ姿、しっかり見せてもらったぜ」
「シド!」
抗議の眼差しを受けても尚、彼は相変わらずどこか楽しそうに、悠々と海を泳いでいた。宇宙での一連の出来事で彼のわだかまりが吹っ切れたのか、いつも以上に機嫌が良い。どうやっても憎めない彼に、ぶつけようのない怒りは自然と海に溶けて消えてしまう。
「まあまあ皆さん、無事に帰って来られたんは間違いないんですから」
「ぬいぐるみにアタシらの苦労がわかってたまるかっつーの」
聞こえてくるのは不平ばかりだったが、内心、全員が無事に帰還できたことを喜んでいない訳では決してなかった。
ただ、辺りには上陸できそうな陸地は目視できなかった。ずぶ濡れになりながら、ボート代わりの頼りない機体の破片に掴まっていることは、解決しなければならない直近の問題だった。
「……これからどうするつもりだ」
イリスをその"ボート"に乗せ、自らはそこに掴まって立ち泳ぎをしながら、ヴィンセントは冷静に問題を口にした。濡れた髪をかき上げ、全員を見渡す姿はある意味様になっている。
「さっき大気圏を抜けたあたりでハイウインドに連絡しといたぜ! もうすぐここまで迎えに来んだろ」
「はあ……じゃあそれまでこんな海のど真ん中で、海水に浸かりながら待ってろってことか」
すぐに迎えが来るとはいえ、それが一体何分後になるのか、或いは何時間後になるのかは、誰も予想がつかなかった。冷たい海水に身を沈めている時間は、実際の何倍も時間の経過が遅く感じる。
「とりあえず、ティファ、ユフィ、こっちに登れ。俺が降りる」
「クラウド……ありがとう……」
「クライドいっけめ〜ん!」
結局その簡易なボートと化した脱出ポッドの扉の上に、ティファ、ユフィ、そしてやはり意識の朦朧としたままのイリスの3名が乗ることとなった。他の仲間は、ボートの端に掴まりながらなんとか浮かんでいる。
「そういえばシエラさんは──」
「私なら大丈夫なので、お気になさらないでください。ほら」
ほら、と言いながらちゃっかり装着していたライフジャケットを見せた彼女に、やはり先程のやり取りは半分面白がっていたのだと確信した。飛空艇を待つシドは、シエラと仲間の言い合いを聞いては、また上機嫌に笑っていた。
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