proud warrior

シエラがハンドルをぐっと引き下ろすと同時に、脱出ポッドはロケット本体から切り離され、振動と共に宇宙へと放り出された。浮遊感に襲われ、身体が椅子に押し付けられる。

「これが、宇宙か……」

皆は不安を抱きながらベルトにしがみついていたが、シドは一人、窓の外を眺めながら呟いた。そんな彼につられるようにして、皆も窓の外を見る。

そこには、無限の黒が広がっていた。文字通りどこまでも続く、果てしない黒の世界の中に、無数の星が輝いているのが見える。飲み込まれてしまいそうな壮大さに圧倒されながらも、目の前に広がる光景は美しく尊いものに思えた。

「本物の宇宙だぜ、本当に来たんだな……」

「ええ……」

一度は叶わなかった夢が、今こうして現実のものとなっていることに、彼は感嘆の声を漏らし続けていた。彼に応えるようにして、シエラも相槌を打つ。

二人にとっての宇宙という場所は、特別な思いが込められた夢の場所なのだ。そんな二人を見ていると、皆まで胸が熱くなってしまう。

「あばよ、神羅26号……」

ここへきて初めてその名を聞いたロケット─神羅26号─は、変わらずメテオに向かって前進し続けていた。最早ヒュージマテリアを搭載していないロケットは、ただその機体をメテオに衝突させるだけの運命を辿っていた。それでも尚、与えられた任務を遂行すべく、速度を落とすことなく進んでゆく。

「宇宙って、こんなに綺麗なところだったのね」

「今まで宇宙のことなんて考えたこともなかったな」

煌めく星々を眺めながら、宇宙と、自分達の星と、仲間に思いを馳せた。パルマーの操作により、図らずも全員で宇宙へ来ることとなった。しかし今にして思えば、ある意味貴重な経験を皆で共有できる機会になったのかもしれない。

無事に星へ帰還できるのか、脱出ポッドに不備はないのかといった不安はいつしか消えてゆき、全員が広大な宇宙に魅せられていた。

「この目に焼き付けておかなアカンやつですね、これは」

「イリスにも見せたかったな……」

ヴィンセントの隣で、彼に身を預けながらじっと目を閉じているイリスを見ながら、ユフィがぽつりと呟いた。一度は窓の外を眺めていたヴィンセントも、イリスに再度視線を戻し、その艶やかな髪をそっと撫でる。

「……イリス?」

宇宙に魅せられ、いつも以上にしんみりとした空気が流れていたところへ、ヴィンセントの低い声が静かに響いた。驚いたようなその口調に、皆の視線が彼に集まる。

「イリス、」

「……」

名前を呼ぶ声に反応するかのように、彼女の瞼はゆっくりと持ち上げられ、そっとその目が開かれた。



「イリス、目が覚めたの!?」

「大丈夫か?」

口々に声を掛ける仲間の声を聴いて、彼女はゆっくりと頭をもたげた。ヴィンセントの肩に預けられていた身体はそっと椅子に沈み、そのまま窓の外へと視線を向けている。

「……イリス?」

彼女の目は確かに開かれ、自らの身体を支えるだけの体力も回復しているようだった。しかし、皆の問い掛けに応えることもしなければ、視線を向けることもない。うつろな目で、宇宙ではない、どこか遠くを見ている。

「イリス、どうしちゃったのさ……!」

「ユフィ、落ち着いて」

普段とはまるで様子の違う彼女に、だんだんと不安が募っていった。泣き出しそうになるユフィをティファが宥め、宇宙に見入っていたシドも彼女を心配そうに覗き込む。

「イリス?」

いつも以上に落ち着いた口調でヴィンセントが名前を呼ぶが、それでも彼女は反応を示さない。ただぼうっと窓の外に視線を送り、瞳に宇宙を映すばかりだった。果たして彼女が現状を理解しているのか、その目に映しているものを把握しているのかは疑問だった。

いつものように感嘆の声を零すことも、驚きの声を上げることもしない。にこにこと笑みを浮かべたり、ヴィンセントの声に照れることもしない。

「おい、どうなってんだヴィンセント!?」

「……わからない。ただイリス自身も、この体調不良に違和感を感じていたようだ……」

彼は、イリスが意識を失う前に口にしていたことを思い返しながら、隣にいる彼女を支えるように腕を回した。その目にうつろな色を宿したまま、彼女の意識はここではないどこか遠くにあるようだった。

「……」

口を開くこともせず、ただ静かに座っている彼女を目の前にして、ヴィンセントの瞳は不安と焦燥に揺らいでいた。



「おい、ロケットがメテオにぶつかるぞ!」

イリスに注意を向けている間に、ロケットはメテオの間近に迫っていた。全員が窓に張り付き、その様子を固唾を飲んで見守る。

ロケットは直進し続け、ついに紫色に妖しく光るその星に衝突した。一度眩い光を放ち、その機体は粉砕して宇宙へ散ってゆく。粉々になった機体の破片は、光を反射させ、まるで星屑のように煌めいていた。

「……ロケット、粉々になっちゃった、ね」

「メテオには傷ひとつ付いてない、のか……?」

メテオは相変わらず、自分達の帰る星へと流れているようだった。メテオは砕けることもなければ、地表にわずかな傷を負わせることも叶わなかったらしい。

眉をひそめたクラウドの目の前のガラスが、溜息で白く曇った。肩を落としたのは皆も同様だったらしい。

「ルーファウス達の作戦は失敗だ」

「情けねえ話だが、ちび〜っと期待しちまったぜ」

あのバレットですら、神羅のこの作戦に僅かな希望を抱いていたらしい。これでメテオが破壊され、星を救うことができるのならば、今回ばかりは神羅に賛成すると、そう考えていたのかもしれない。

「もう誰もメテオを止められないのかな……」

レッド]Vの言葉は、皆の不安を代弁していた。星と星とが衝突するのも時間の問題だということも、科学の英知を結集した神羅の作戦が失敗に終わったことも、皆の希望を少なからず砕いていた。



「神羅26号はよくやった、よくやったぜ」

再び静かになった機内で、シドは独り言のように呟いた。やっと叶った彼の夢は、ほんの僅かな時間で幕を下ろし、夢を叶えたロケットは彼の目の前で爆発した。潤んだ瞳を悟られないよう、窓の外に視線を移している。

「ああ、アンタのロケットは俺達に希望をくれたんだ」

「そうだよ、そのことは誇りに思っていいんじゃないかな」

「……ありがとよ」

口角を微かに上げて、素直に感謝を述べる彼の姿は、いつになく男らしく、それでいて本心から誇りを抱いているように見えた。

この作戦が失敗に終わったとしても、それは彼の誇りまで打ち砕いた訳ではなかった。そのことを感じ取ると、また無性に胸が熱くなる。

「イリスもロケットの雄姿を見てたと思うんだ」

「それに、この宇宙もね」

やわらかく投げ掛けられた言葉に、彼女の髪がさらりと揺れた。ヴィンセントの腕の中で、静かに呼吸を繰り返している。その瞳には、輝く星々が浮かんでいるようだった。


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