白衣の麗人

イリスは離した手をだらりと下げて、彼を見ないようにと俯き佇んでいた。かといってルクレツィアのように泣き出す訳でもなく、やや後ろにいる仲間の元へ戻るでもなく、ただその場から動かずに一人でじっとしている。

二人の様子を見ていた皆は、二人がなんと言葉を交わしたのかまで聞き取れていた訳ではなかった。しかし、突然手を離したイリスと、その後ルクレツィアに向き直ったヴィンセントに怪訝な顔をしていた。

「おい、ありゃあ誰だ?」

「知らない人、だよね……?」

突如現れた謎の女性を誰も見たことがなかった。その顔にも声にも覚えがない。しかし、ただならぬ様子の二人に固唾を飲んで見守る。

「ちょっと待って、アイツさっき『ルクレツィア』って言った?」

その光景を訝しんでいた皆の中で一人、ユフィが珍しく眉間に皺を寄せてそう言った。

「ああ、言ってたな」

「ってことはあの女の人、ヴィンセントの元カノじゃん」

拳を握り締めながら睨むようにして三人を見るユフィの言葉に、怒りと苛立ちと不愉快さが混じったような、むっとした表情が皆に貼り付いた。

「雪山で緑色のキモいモンスターにやられたとき、ヴィンセントの奴、イリスに向かって『ルクレツィア』って言ってただろ?」

「おいおい、じゃああそこの姉ちゃんはそのルクレツィアさんかよ」

「しかも、温泉でイリスが言ってたよね。『ヴィンセントさんには好きな人がいるみたい』って……」

「たぶんあの人が"その"ルクレツィア」

ティファは、アイシクルロッジの温泉につかりながらユフィと共にイリスをからかい、その時に彼女の口から思いがけない話を聞いたことを思い出した。

そしてその後、北の地の雪山で、モルボルによって皆はひどい悪性ステータスを受けたことがあった 。混乱したヴィンセントがイリスの肩を掴み、「ルクレツィア」と何度も名前を呼んでいたことを思い出す。

皆がヴィンセントの口から直接に、ルクレツィアの名前を聞いたのはその一度きりだったが、こうして考えれば辻褄が合った。

「修羅場じゃねえか!」

これまでは、二人が手を繋いでいる、ヴィンセントがイリスをおぶっている、二人が同じ部屋に泊まっていると、二人をからかうのを楽しんでいた。チャラチャラするな、と野次を飛ばしてはイリスが顔を赤らめるのを見ていた。

それが今や、イリスの方からその手を離し、二人の間に冷たい空気が流れているようだった。そんな二人を見たくはない。彼女が辛そうにしているところを見たい訳ではない。



「イリス──」

「ティファ、行っちゃダメだ」

「でも……」

ただ一人、その場から動こうとしないイリスを見かねて、ティファは彼女に駆け寄ろうと前に出た。しかしユフィはそれを制し、また睨むようにヴィンセントとルクレツィアを見ている。

「イリスが決めたんだ、ウチらが行っちゃダメだよ」

そう言ったユフィもまた、怒りを必死で抑え込んでいる様子だった。

「……俺達は外に出てよう」

「じゃ、じゃあ俺様は飛空艇を呼んどくぜ」

その後の動向が気にはなっていたものの、皆はひとまずその場から離れることを決めた。イリスをこの場から連れ出したい気持ちを抑えて、皆は割り切れない気持ちのままほこらを後にした。



「……」

目の前の彼は、声を上げながら泣いているルクレツィアに数歩近付いた。つき先程まで彼と繋いでいた手を見つめながら、二人の会話を聞いていた。

「ねえヴィンセント、教えて……?」

「何を……」

甘えるような声でそう言った彼女の声が、鼓膜を刺すように響いた。高く美しい、透き通った声をしている。そして、恋人であるはずの自分にさえ出来ない、甘く縋るような声をいとも簡単に出している彼女にやるせなさを感じる。

「セフィロス、あの子は生きているの……? イリスは、あの子はどうなったの……?」

突然発せられた自分の名前に、一度心臓が大きく音を立てた。まさか、恋人がかつて愛していたという女性の口から、自分の名前を聞くことになるなど、一体誰が想像していただろうか。

「セフィロスは5年前に死んだと聞いたわ……でも最近よく夢を見るの。それに、あの子も私と同じ、簡単に死ねない身体……」

「……」

「ねえ、ヴィンセント……あの子は、セフィロスは……」

セフィロスの生みの親だというルクレツィアは、涙ながらに彼に尋ねた。自らが生んだ息子が、宝条に肉体を改造され、今やこの星を滅ぼすべくメテオを呼び寄せたなど、母親としては聞きたくはないはずだった。

宝条を止められなかったことを悔い、母親らしいことが出来なかったと罪悪感に襲われている彼女に、真実を告げればきっと、更なる罪の意識に苛まれるだろう。

「ルクレツィア、セフィロスは……」

彼は口ごもり、俯き、微かに肩を震わせているように見えた。真実を告げるか否か、葛藤しているのかもしれない。

優しい彼ならば、それが嘘であっても、セフィロスは死んだと言うのかもしれない。愛する人のために、その人がそれ以上の罪悪感に襲われないよう、優しい嘘をつくのかもしれない。自分が彼にしたように。

「セフィロスは、死んでしまった……」

やはり、彼は嘘を選んだ。愛する人を傷付けないよう、真実を隠すことを選んだ。

本当にもう自分の居場所がなくなってしまったのかもしれない。彼の隣にいる資格はもうないのかもしれない。



「……もう一度ルクレツィアに会えたならばそう言おうと、考えていた」

少しの間を置いてそう続けたヴィンセントに、イリスはぱっと顔を上げた。先程まで俯いていた彼もまた、ルクレツィアに向き直っている。

「私も長年、罪の意識に苛まれ、深い眠りについていた……」

彼を見れば、先程のような震えもない。しっかりと背筋を伸ばして立っている、いつも通りの彼の背中が見える。

「セフィロスの死を告げれば、ルクレツィアの罪の意識も軽減するのだろうと、どこかで考えてもいた」

「どういうこと……? じゃあ、セフィロスはまだ生きているの……?」

「ああ」

セフィロスの生存という事実を聞き、ルクレツィアは困惑したような表情を浮かべた。息子が生きているという知らせにも、彼女は喜びを見せない。

「そん、な……」

「セフィロスは今も生きている。そして、イリスも」

久しぶりに呼ばれた名前に、イリスの鼓動がはやくなった。彼は彼女を振り返り、やや申し訳なさそうに眉を下げた。

そのまま、ゆっくりとイリスに近付き、いつも以上に慎重に彼女を抱き締めた。彼女に触れても良いのか、抱き締めても良いのかと、躊躇しながらした抱擁のようでもあった。

「ヴィンセントさん……!」

「すまない、イリス。すまない……」

それが何に対する謝罪なのか、言葉にしなくとも二人には通じるものがあった。かつて愛していたと言った女性を前にして、恋人を置いてその女性と話すなど、あってはならないことだったと、彼はきつく彼女を抱き締めた。

そして、自分の元へ帰ってきてくれたことが何よりも嬉しいのだと、彼女もまたきつく彼を抱き締め返した。


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