訣別の時間

困惑するルクレツィアを前に、ヴィンセントはイリスを抱き締めて離さなかった。

彼のすぐ隣に居ながら、果てしない疎外感に襲われていたイリスは、やっと彼の腕の中で安堵していた。ついに溢れ出した大粒の涙が彼の衣服を濡らし、それに気付いた彼は、細い指でそっと頬を拭った。

そっと覗き込むようにした彼は、慈しむようなやわらかい目で彼女を見た。いつも通りのあたたかな視線が交わる。二人は言葉を発しなかったが、目を細めて微かに笑う表情が二人を落ち着かせた。



「ルクレツィア、彼女がイリスだ」

彼は抱き締めていた腕を解き、先程のようにまた手を取った。今度は隣合い、繋がれた手を握り返す。彼が遠い所へ行ってしまうのではないかという不安は、今は微塵も感じられない。

「イリス……まさか、あのイリスなの……?」

「……はじめまして、ルクレツィアさん」

ずっとヴィンセントばかりを見つめていたルクレツィアの視線が、ここへきて初めて自分に向けられた。目を丸くして驚いているルクレツィアに、どこかたじろいでしまう。

「溶液から抜け出したの……? でも、どうやってこんな所まで……それに、言葉まで。イリス・プロジェクトは成功していたのね……」

ルクレツィアの瞳には、驚愕や疑問と、些かの恐怖が映っているようにも見えた。恐ろしいものを見るかのように、両手を口元にあてている。

「イリスは"ただの"女性だ」

彼はそんなルクレツィアを窘めるように、敢えてそう言葉を返してくれているようだった。解せない、といった表情でまじまじと見つめられ、どこか居心地が悪い。

「ヴィンセントがその子を助けてたのね……?」

「いや、正確にはセフィロスが助けた」

「セフィロスが……?」

眩暈がする、というように頭を抱えながら、ルクレツィアはその場に座り込んだ。自分の罪悪感の根源となる二人が、自分の知らないところでそのような関係になっていたとは、想像もしていなかったらしい。

「ごめんなさい。少し混乱してしまって……」

「無理もない」

状況を教える彼と、それを受け止めようとする彼女との会話を静かに聞いていた。自分の存在が、彼女の混乱を助長してしまっているようで、心做しか申し訳なさを感じる。

「でもその子、長くは外に居られない筈よ。エネルギーを放出し続け、それはやがて生命を奪うわ」

「そのことで聞きたいことがある」

いつも以上に真剣な彼の声が空気を震わせた。生命を奪う、と恐ろしい言葉を聞いて、また現実を突き付けられたように胸がざわめいた。

「イリスの身体には一体何が埋め込まれている」

「そうね……詳細はあの人でなければわからないけど、恐らく魔晄が流れているわ」

「やはり……イリスがマテリアの装備無しに魔法を詠唱できるのは体内の魔晄の力か」

「ええ、そうよ。……待って、その子は魔法を詠唱したの?」

体内に流れる魔晄をエネルギーに、魔法を唱えていたのだと二人は再確認した。これまでに見聞きしてきたことから予想していたことと合致し、ある意味では安堵する。

しかし、ルクレツィアが険しい顔をしてこちらを見るので、またもや不安に駆られる。

「魔法を唱えたことは何度かあります」

「何度か、ということは一度や二度ではないのね……?」

「はい……正確に何回かはわからないんですけれど」

「おかしいわ……」

ますます訝しげな顔をしながら考え込むルクレツィアに、彼の手を握る力が思わず強くなる。彼女は何か知っている。その答えを聞きたいと願う一方で、何も知らずに今まで通りに過ごしたいという思いがせめぎ合っている。

「魔法を詠唱して、ここまでエネルギーが残っているなんて」

「恐らく、それもセフィロスに助けられている」

彼は繋いだままの手を少し上に掲げて、腕輪をルクレツィアに見えるようにしながら言った。

「この腕輪はセフィロスがイリスに渡した。どうやらエネルギーの放出を制御しているらしい。宝条の力でも外すことは出来なかったようだ」

「じゃあ、セフィロスがその子を助けて、生き延びられるように腕輪を渡した、ってこと……?」

左腕の腕輪から目を離さずに、ルクレツィアは目を丸くしていた。実験をされた息子であるセフィロスと、実験から生まれたイリスの二人の運命が交差し、今こうして目の前に姿を見せていることに驚愕した様子だった。

どこか苦しそうに眉を寄せ、座り込んだまま地面を見つめる彼女は、また目に涙を浮かべて肩を震わせていた。



「私の身体は私を死なせてはくれない……忘れたい過去も忘れることが出来ない……文字通り永遠に、罪の意識に苛まれ続けるのね……」

呟くように話すルクレツィアの言葉は、ひどく胸を苦しめた。やはり自分の存在は彼女にとって快くないものだったのだと、その言葉に滲む感情にやるせなさを感じる。

「ルクレツィア……私の罪はルクレツィアを止めることができなかったことだ」

ふと、隣に立つ彼が、座り込む彼女に話し始めた。その声に先程のような迷いはない。

「そしてルクレツィアの罪の意識は、セフィロスとイリスへの実験を止められなかったことか」

「ええ、そうよ」

彼は、何が二人を苦しめているのか、再度確認するかのようにそう尋ねた。ルクレツィアも、何を今更というように、声を震わせながら答える。

「そのセフィロスは今、メテオを呼び寄せこの星を滅ぼそうとしている」

「ヴィンセントさん、」

まるで彼女に追い討ちをかけるかのように、現状を伝えた彼に驚いた。これでは、お前が実験を止められなかったからこの星が滅ぶのだと、そんな風に受け取ってしまいかねない。

そしてやはり、事実を聞いたルクレツィアはまた、目に涙を浮かべていた。ただでさえ膨れ上がっていた罪悪感がより一層深まったようだった。

「そんな……! セフィロスが、この星を滅ぼす……? 私達への復讐のため?」

「それは否定できない……しかしセフィロスの真の目的は、この星にメテオを衝突させ、膨大なライフストリームを取り込むことにあるようだ」

「私は……受け入れるしかないわ。この身体も、あの子によって朽ちてゆくのね……皮肉だわ……」

「……私に提案がある」

突然の「提案」との言葉に、また驚き彼を見上げた。ルクレツィアも彼を見つめて続きを待っている。彼は、決意に満ちた瞳で、一度こちらを見た。いつものような目を細めて微かに笑う表情は、怖がらなくてよいと伝えてくれているようだった。


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