織姫と彦星が会えるとかいう
「一口でいいから!」
「だめだ」
「シドってば」
「しつけーぞイリス」
隣に座る彼に手を伸ばすが、ひょいとかわされ、伸ばした右手は虚しく宙を掻いた。
ぬっ、と立ち上がった彼の身長には、いくら背伸びをしても届かない。
「ずるいよシドばっかり、けち」
「あ!? ケチとかいう問題じゃねえだろ」
「いいじゃんそんなに沢山あるんだから」
「身体に悪いんだよ、だからやめとけ」
身体に悪い、と言っておきながら、右手に持った煙草を口に付けては、目一杯吸い込んでいる。
ふうっと吐き出された煙は、窓の外の空気へと溶け込んでいく。
「……シドの居ないところで吸いたかったのに」
「あぁ!? なんだって隠れてまで煙草なんか吸いてえんだよ、身体に毒だっつってんだろ」
「違うよ! シドが吸ってるから、だから、シドと会えない日も、同じ煙草吸ってたら、シドの香りに包まれるから」
「……けっ」
彼は、もう短くなっている煙草を更に吸い続ける。火が指に届く直前になってやっと、灰皿に煙草を押し付けては揉み消した。
「もうすぐ七夕だけど、年に一回しか会えない二人はどんな想いなんだろうね」
「なんの話だ」
「宇宙に行こうとしてるくせに、織姫と彦星の話も知らないの?」
「しゃしゃるんじゃねえよ」
あぐらをかいて座ると、隣の彼女の頭を小突いた。
「年に一度しか会うことができない恋人がいるんだよって話」
「そいつぁ、男がよっぽどのろくでなしだな」
藪から棒に何の話を始めたかと思えば、そういうことかと眉をひそめる。
彼女に会えない日があることを、自分とて気にしていない訳ではない。
「織姫様はきっと忍耐強いんだね」
「俺なら」
寂しげに窓から空を見る彼女に、胸がもやもやする。言いたいことを我慢できるほど、自分は忍耐強くはない。
ぐっ、と彼女の顎を持ち上げては此方を向かせた。なあに? と首を傾げるその顔は、こんなときでも可愛らしい。
「俺ならお前が何処にいようが、すぐ飛んでってやらあ」
一度大きく見開かれた瞳に、思わず口付ける。
珍しく此方に腕を回そうとしない彼女に、すぐに口を離して見つめる。
するとすぐに、ふふっと悪戯そうな笑みをこぼし、首に腕を絡めて抱き締められた。
「シドが寂しいからでしょ」
「ばっ、お前が寂しがるからに決まってんだろ!」
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