花火大会は恋人たちの巣窟
(タークス)
「すまない、イリス」
「ルードが謝ることじゃないよ」
夜中に鳴らされたインターホン、玄関の前には泥酔した赤髪と、彼を介抱するスキンヘッド。端から見れば物騒極まりない。
今夜は彼の部署の飲み会が行われていたはずだった。酒にめっぽう強いはずのこの男が、一人で歩けなくなるほどに酔う姿は初めて見た。
「イリス〜、おかえりのチューはー?」
「馬鹿言ってないでさっさと靴を脱ぐ!」
彼の肩を担いで部屋へ入れようとするも、腕を首に回して抱き着いてくるので全く思うようにはいかない。
「……あとはイリスに任せる」
「あ、うん、ありがとうルード」
その状況にいたたまれなくなったのか、スキンヘッドの彼はそそくさと部屋を後にした。アパートの扉はガチャリと閉まり、部屋に静寂が戻った。
「さっきからルード、ルードって、お前は俺の女だろ?」
こちらに寄りかかっていた彼は徐に顔をあげた。いつもより目付きが悪いのは酔っているからなのか。
そのまま後頭部を押さえ付けては強引に口付けてくる。服にまで染み込んだ酒の臭いが鼻をつく。
「んっ、酒くさいってば、」
舌を捩じ込まれれば、やはりアルコール。余程飲んだに違いない。
「俺の名前は?」
「なに言って、」
「呼べよ」
「ん、ちょっと、レノ、」
潰れるまで飲むなんて彼らしくない。頭の片隅でそんなことを考えていれば、突然のし掛かってきた彼の全体重に、耐えきれるはずもなく玄関先で雪崩れ込む。
覆い被さるようにして、またもや口付け、舌を捩じ込み、どこまでも執拗に追い掛けてくる。いつもより熱い舌に、彼は珍しく本当に酔っ払っているのだと確信した。
「どいつもこいつも花火にかこつけていちゃつきやがって」
「なに言ってんの」
「俺もイリスと行きたかったぞ、と」
一通り口内を犯された後、肩に顔を埋めるようにして彼は呟いた。先程とはうって変わって、どこか弱々しい。
今日は大きな花火大会らしかったから、カップルが多かったのも容易に想像がつく。成る程、やけ酒をしたという訳か。
「……来年は一緒に浴衣着て行く?」
埋めたままの髪をそっと撫でながら言えば、ぱっと顔をあげて此方を見つめている。
「ナイスアイディア、なんなら来週のウータイ辺りでもいい」
「ふふ、なんかレノが子供みたいにはしゃいでて可愛い」
彼の言葉に思わず笑みがこぼれた。それほど楽しみにしてくれているとは。
本当は自分も、彼と二人で花火を見たかった。今日1日、もやもやとしていた気持ちは、彼の一言ですっかり晴れてしまったのだから自分も単純だ。
「はやく帰って浴衣脱がすところからが本番だぞ、と」
「前言撤回」
「……」
「ここで寝ないでよ馬鹿」
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