いつかのバレンタイン

(高校生)

「クラウド、あの、これ」

「あぁ……」

「クラウド、私のもよかったらあげる」

「あぁ、」

「クラウド、受け取ってくれる?」

「あぁ」

今日だけでどれほどこのシーンを見せられたことか。わざわざこの教室まで出向いてくる女子の多いこと。

皆いつもより気合いの入ったメイクをして、髪に至ってはくるくる巻いて、短いスカートを更に短く折り曲げて、自慢の甘ったるいチョコレートを包んだ派手な包みを彼に渡していくのだ。

朝から見せつけられているこの光景は、きっと放課後まで続くのだろう。受け取る彼もうんざりした様子だったが、隣に座る自分も十分うんざりしている。

「とりあえず昼休みは収まったみたいですねえ、クラウドさん」

「あぁ……」

嫌味っぽく言うものの、いつものような反撃はない。よほど参っているのか、「あぁ」しか言えなくなっているらしい。

机の上のほとんどを占領している包みの山は、最早誰から手渡されたものかわからない。

「イリス、悪いんだがこれ」

「だめ」

まだ言い切っていない、そう言いたげな顔を一蹴する。自分が貰ったものを人にあげるのはよくない、それが机の上を片付けるためならば尚のことだ。

「クラウドが持って帰るの、わかった?」

「……」

さもうんざりした様子で彼はうなだれていた。渋々と包みを自分のロッカーへと詰めていく。たしかに、一度に全て持ち帰るのは困難だろう。

彼はクラス中の男子の羨望の眼差しを鬱陶しそうに流しながら、淡々と運搬作業を続けていた。



結局その光景は放課後になっても続いた。いつまでも隣で見せつけられるのも癪なので、荷物をまとめて帰ろうとすれば、俺を見捨てるのかと言わんばかりに腕を掴まれ、仕方なく残っている。ただし、隣ではなく教室の隅で。

それにしてもクラウド目当ての女子の多いこと。

チョコなんて渡しても意味がないのに。

彼には想い人がいるというのに。

「……」

直接聞いた訳ではないが、見ていればわかる。あれほどまでに他人に無関心で寡黙な彼が、ある人の前ではガラリと性格が変わったように生き生きするのだ。どうやら二人は近所に住む幼馴染みらしいが、よくもまあこんな美男美女がいたものだ。

長い黒髪に抜群のスタイルで、マドンナというのは彼女のような人を言うのだろう。

そんな高すぎるスペックの彼女に、敵うはずがないのだ。誰も。



「イリス、おい、」

「……あ、終わったの?」

気付けば彼は鞄を持って目の前に立っていた。教室にはもう騒がしい人の声はしない。

「……帰るぞ」

「え、ちょっと、待ってよ」

急いで立ち上がり、すたすたと教室を出ていく彼を追い掛ける。待っていろと言ったかと思えば、今度は一人でさっさと行ってしまうのだから勝手だ。



「よかったね、沢山貰えて」

「……」

ため溜め息をつく彼の手には、チョコレートの詰まった紙袋がひとつ。きっとこれでも、今日貰った一部にすぎないのだろう。

結局、今日一日、彼がいかに女性に人気かということを見せつけられて終わってしまった。

「じゃあね、クラウド、また明日」

分かれ道に差し掛かり、彼に向き直ってそう告げたが、彼は立ち止まったまま動かない。夕日に照らされて、金髪は更に光を帯びている。

「イリス」

「なあに、チョコならあげないよ」

冗談めいて言うが、彼は真剣な顔を崩さない。かと思えば、自分の鞄に手を突っ込み、小さな包みを取り出して此方に押し付ける。

「だから、これはクラウドが自分で食べなきゃ、」

「俺から」

「え?」

「それは、俺からイリスへ」

「何言って、……」

彼の片手にすっぽりと収まっているそれは、紛れもなく自分へ差し出されている。冗談だと笑い飛ばすには、彼の目はあまりに真剣すぎた。そんな雰囲気もわからないほど、未熟ではない。

「ど、うして」

口ごもり、動けずに彼を見つめ返す。

クラウドが、私に? 彼女はどうするの? 私に受け取る権利はあるの?

どれも喉の奥でつかえたように、言葉にならない。

「イリスに去年言われた」

「……え?」

「自分で言っておいて忘れるなよ」

掌に無理矢理置かれた包みは、有名なチョコレート専門店の名前が書いてある。高校生がやたらめったら買えるようなものではないはずだ。

「"今は逆チョコが流行ってるのよ" だなんて言ってたのはどこのどいつだ」

「……」

「何か言えよ」

「……ク、ラウド」

目の前の彼はどんどん滲んでいくし、自分の足元にはどんどん水滴が落ちていく。

聞きたいことは山ほどあるはずなのに、どれも声にならない。ただひたすら、のばされた彼の手を握るだけ。

でも今はこれで十分だと、手を繋いだ。これから先、二人にはいくらでも時間があるのだから。


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