4日目 夜
結局、夕方になっても夢は覚めないままだった。今朝起きたのと同じベッドの上で、一人膝を抱えて座っていた。彼はあの後すぐに部屋を出て行ったが、自分は気分がすぐれないと言って部屋に残った。
どうしてこんなことを考えているのだろうか。自分はもう、目が覚めてるのに。大学に行かなくてはいけないのに。いつまで眠ってるつもりだろう。
こんなことがあるのだろうか。現実の記憶も、夢の記憶も、どちらも鮮明に持っているなどということが。夢の中でこれほど鮮明に五感が働くということが。
混乱が混乱を生んで、無気力に窓の外を見た。すぐ目の前に雲が見える。とても高いところを飛んでいるのだろう。
混乱の原因はもうひとつあった。
自分は昨日、こちらに居たいと、確かに願っていた。夢が覚めないでほしいと願っていた。パニックに陥っていたのだから仕方がないと、最初はそう思った。
しかし、冷静になるほどおかしい。夢に、これほどまでに執着するのはどうかしている。大学も授業もない、その代わりに、こちらには家族も友人もいない。それでも、こちらに残りたいと願っていた。
現実逃避という言葉が頭をぐるぐる巡っている。それしか考えられない。或いは疲れ過ぎて、脳が防衛反応を示して、こんな幻想を抱かせているのかもしれない。
「……」
ますます馬鹿げている。でも、それならばいっそのこと、ずっと覚めなくてもいいかもしれない。
独りでしばらく考えていたところに、部屋の扉がノックされた。何も答える気にならずに、黙って扉を見ていた。今は誰とも話したくない。
しかしすぐに、入るぞ、という声と共に扉が開いた。思った通り、彼がゆっくりと部屋に入ってきた。
「やはり、何か気になるのだろう」
目が合うなり、彼は優しくそう言った。後ろ手に扉を閉めると、少しずつベッドへ近付いてくる。
「いえ……なにも」
まるで駄々をこねる子供のように、目を逸らしながらそう言えば、彼はベッドに座った。ベッドはギシッと音を立てる。
「……イリスには、」
「……」
「久しく敬語で話されていなかったな」
「え? あっ」
しまった。そういえばそうだったかもしれない。一度、現実と夢の両方の存在を自覚してしまうと、彼との間に距離を感じてしまっていた。
「イリス、何があった」
改めて正面に向き合って問われると、目が泳いでしまった。彼の瞳は微動だにしない。こちらの瞳を捕らえて離さない。
「……」
彼は無言のまま、抱き締めた。その彼の肩が、少しだけ震えていたことに驚いた。彼を不安にさせているのは自分だ。
「ヴィンセント、ごめん、なさい……」
それに気付いた途端に、思わず涙が溢れた。こんなに苦しいならば、こんなに彼を苦しめるならば、いっそ全てを話してしまった方が良いのかもしれない。
「ヴィンセント、」
彼の腕から抜けて、彼と視線を合わせながら口を開いた。
「笑わないで、聞いてくれる……?」
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