3日目 夜

「あれ、イリス! どうしたの、その耳飾り」

「え……、」

あ、こいつ、わかっているくせに。エアリスはいたずらっ子のような笑みを浮かべて聞いてきた。両耳には、昨日彼にもらった耳飾りがついている。

「似合ってるよ、イリス」

一方のレッド]Vは、屈託のない笑顔でそんなお世辞を言ってくれる。

「あ、そっか! もうすぐ一年、だっけ?」

「うん……そうみたい」

エアリスに改めてそんなこと言われると、どうも気恥ずかしくなってしまう。一年が経つことはもちろん覚えていたが、照れ隠しに素っ気ない返事をした。

「うわっ!」

そんなやりとりをしていると、飛空艇がぐらりと揺れた。

「オイおっさん、ちゃんと操縦しろよ!」

「うるせぇ!」

ユフィとシドがやりあってる横で、咄嗟に耳飾りが外れていないかと、無意識に触ってしまう。

「ふふ、外れちゃわないか心配になるよね」

「もう!」

何かとからかってくるエアリスを、むっとした顔で見た。くすくすと笑っている彼女をよそに、甲板に出た。熱くなった頬を冷たい風がどうにかしてくれる気がした。



「気に入らなかったらどうしたものかと思っていた」

甲板に出るなり、背後から聞こえた低音に胸がどきりと跳ねた。

「ヴィンセント」

隣に来た彼の名前を呼んだ。いつも以上に心臓がうるさいのは何故だろう。

「よく似合っている」

マントで口を隠しながら言う彼の仕草は、きっと照れ隠しだと気付いていた。二人して照れてばかりだ。

「ありがとう、ヴィ……」

「……どうした?」

心臓がバクバクと激しく音を立てている。この奇妙な感覚は何だろうか。いつもの緊張や恥ずかしさからくるものとは違う。心がざわざわする。

漠然とした不安が一気に押し寄せて来た。恐怖で膝が震える。

「大丈夫か?」

そのまま膝から崩れ落ちそうになったところを彼に抱き締められる。それでもまだ、動悸のようなものは収まらない。

「どうした、しっかりしろ」

「ヴィンセント、なんだろう……すごく怖いの」

「怖い?」

何に怯えているのかわからない、そんな顔で見つめられると、恐怖は一層深まった。この恐怖心をどのように伝えたらよいのだろうか。彼にすら、わかってもらえないのかもしれない。助けてもらうことも出来ないのかもしれない。

「ヴィンセント、お願い、離さないで」

「大丈夫だ、落ち着けイリス」

先程よりもきつく抱き締めてくれる彼の腕に、少しだけ安堵した。それでも、この恐怖と不安は消えてはくれない。



──これは、夢──

「え、なに?」

──現実はこっち──

「何言ってるの?」

──早く、目を覚まして、悲しみが深まる前に早く──

「……」

「イリス……?」

目の前の彼でもない、甲板から見える景色でもない、空を見つめたまま、頭に響く声を聞いていた。彼にはこの声が聞こえていないのだろうか。

夢、現実、と、この声は一体何を言っているのだろうか。

「イリス、大丈夫かイリス」

「ヴィン……セント……?」

「どうした?」

「ヴィンセント、これは、……これは、夢?」

自分の発言に、彼は訝しげな顔をした。頭がおかしくなった、とでも思われているのかもしれない。事実、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

夢、夢、と頭の中の声がうるさく響く。これは夢だと、警鐘を鳴らしている。



そうか、これは夢なのだ。

きっとまた目が覚めたら、あの小さなアパートのベッドの上で一人、目を覚ますのだ。何故ならばこれは夢だから。昔からよく見ていた、自分の夢だから。

初めて、これが夢だと、夢の中で自覚した。そう思った瞬間に恐怖に襲われた。また、夢が覚めてしまう。

「いや、ヴィンセント……!このままがいい、こっちに居たい」

よくわからない、という顔を一瞬だけした彼だったが、すぐに抱き締める力を強くした。おかげで、きっとどこへも行かない、という安心感が少しずつひろがった。それはほとんど自己暗示に近かったが、それでもよかった。彼に触れているだけで恐怖は薄らいだ。

彼のマントに泣きべその顔を埋めて、ぎゅっとしがみついた。

覚めないで。自分はここにいたい、夢でいいから、ここにいたい。彼と、ヴィンセントといたい。


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