くうこくのきょうおん

「今日も"探険"か?」

「ううん、今日はロケット村に行くの!」

ヴィンセントの皮肉に気付いているのかいないのか、イリスは屈託のない笑顔を向けた。彼は、やれやれといった顔で、小さな溜め息をついた。

それというのも、イリスは昨日、探険に行くと言って出ていき、帰って来たのは日がどっぷりと暮れてからであった。それに加えて、来ていたシャツは泥だらけで、ショートパンツも糸がそこらじゅうほつれていた。どこかに引っかけたらしい跡も見てとれた。そして、そこからのぞく彼女の腕や足も、擦り傷だらけだった。

幸いにも大怪我をしてはいなかったものの、ニブルヘイムの山には凶暴なモンスターも多い。いくら魔力の強いイリスとはいえ、一歩間違えたら大惨事になりかねない。

ヴィンセントは、行き先を聞かなかったことを悔やむ一方で、遅くまで危険な所にいるなと注意をしたのだった。それも昨日の晩に。そして今朝になったら、昨日のことなどけろっと忘れて、ロケット村に行くと言う。

「……私も行こう」

「だめ!」

即座に拒否する彼女に、ますますの不信感を覚える。もともと、それほど活発に外へ出る性格ではないはずだ。どちらかといえば、室内でゆっくりすることが好きな彼女が、こうも立て続けに外出したがるのはおかしい。

「……わかった。しかし一人では行くな。誰か同伴者をつけて行け」

幾分か不貞腐れたようにも聞こえる声でそう告げると、彼女から目を逸らした。

「うん、わかった。誰か連れて行くよ」

イリスも彼の声音の変化に気付き、申し訳なさそうにそう言うと、神羅屋敷を後にした。今日もまた、ズボンにパーカーというラフな格好で、昨日と同じリュックサックを背負って行った。

ヴィンセントの心はやはり、すっきりとはしていなかった。自分がついていくことを拒否されたのが、面白くないことは確かだ。それは、イリスにも何かしらの事情があるのだろうし、そのことでいちいち腹を立てていても仕方がない。それこそ、大人気ないというものだ。

しかし、それを抜きにしても、やはり心配なものは心配だった。普段と明らかに違う服装で、普段とはまるで違う行動をとるイリスへの、純粋な心配が残った。何が彼女にそうさせているのか。それを突き止めるべきなのか。

全く集中出来ていないな、と心のなかで呟くと、こちらも普段飲まない熱いコーヒーを淹れ始めた。





「びっくりしましたよー」

「突然ごめん。でも、一人じゃヴィンセントの外出許可が下りなくて」

「まあ、イリスはんには、いつもお世話になってますから」

突然の呼び出しにも快く応えてくれたケット・シーを連れて、イリスはロケット村を目指した。今はとにかくついてきてくれればいいから、とだけ言ったイリスの後を、何が何だかよくわからない状態でついていく。

目的は何で、どこへ向かっているのか、説明は一切なかった。ここまで自由に振る舞うイリスを、彼は未だ見たことがなかったので、ある意味興味津々でついて行った。彼女の確かな足取りは、強い意思を感じさせたし、そのことが一層、彼の好奇心をくすぐった。





「シドー!」

「おわっ! イリスじゃねえか! それと、ケット・シー」

「オマケみたいに言わんでください」

重機の油の臭いのするシドの作業場には、いささか不釣り合いな二人の姿が加わった。せっせと機械をいじる彼の背中に、イリスは声を掛ける。

「シド、あのね、お願いがあるの」

「来て早々お願いだあ〜? イリスにしちゃあ、珍しいこと言うじゃねえか」

「それも、ふたつあるんだけど……」

「ふたつぅ? 何だ何だ、珍しいこともあるじゃねえか! 言ってみろい!」

イリスの頼み事に、彼は嫌な顔ひとつせず応える。言葉は荒っぽいが、彼はいつでも仲間想いなのだ。それとも、純粋に好奇心旺盛なだけなのか。

「ありがとうシド!」

そうしてシドの作業場には、昼間から夕暮れまで、途切れることなく作業の音が響いていた。イリスの体力では、休憩なしでそれだけの時間作業をし続けるというのは、かなり堪えるはずであった。しかしそれでも、頭の中に愛しい彼を想い浮かべて、疲れた身体に鞭打っていた。


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