おいさきあり

イリスがセブンスヘブンを訪れた翌日の神羅屋敷の朝に、いつも起きるのが遅い彼女が珍しく早起きをした。それに加えて、彼女にしては珍しい服装に着替えていた。

普段はスカートを履く彼女がショートパンツを履いて、装飾を一切排除した七分丈のシャツを着ている。そして歩きやすい靴を履いて、やや伸びた髪を耳にかけた。更には、小さなリュックサックを引っ張り出してくると、その中に携帯電話をつっこんだ。

「ヴィンセント、ちょっと出掛けてくるね」

地下の書庫で読書をしているヴィンセントに、イリスは早口でそう伝えた。しかし、本から目を上げた彼が見たのは、普段とは随分と雰囲気の異なる彼女の姿だった。何やら企んでいるな、というような訝しげな目で彼女を見つめる。

「どこへ行く」

その声には幾分か、彼女を咎める響きがこもっていた。一体今度は誰に何を吹き込まれたのだろうか。

「ユフィとナナキと、探険」

「探険?」

目を細めてイリスを見るが、彼女の意思は固いようだった。自分もついて行った方がいいかとも思ったが、その二人も一緒ならば必要あるまい。あくまでも、本当にその二人が一緒ならば。

「……危険な場所へは行くな」

「うん!」

「暗くなる前には戻って来い」

「はあい!」

まるで保護者だな、と苦笑いをするヴィンセントをよそに、イリスは嬉しそうに返事をする。

「行ってきます!」

そういうとイリスは、スキップでもしそうな勢いで書庫を出ていった。後に残されたヴィンセントは、先程まで読んでいた本の続きのページを開く。しかし、どうも彼女の様子が気になって、内容が頭に入ってこない。何度も同じ部分を読み直している。

心配性だな、と息を吐きながら自嘲した。これでは本当に保護者だ。

彼女は決して子供ではないが、しかし一人前の屈強な大人であるとは到底言えない。そのことが、彼を時折不安にさせる。そして、何が彼女を喜ばせるのか、何が彼女にとって必要か、その二つが相反することも多い。

「探険、か……」

こちらも珍しく、携帯電話を手に取り、イリスに宛ててメールを送る。慣れない手つきで短い文章を打ち込むと、送信ボタンを押す。そのまま、自分を落ち着けるように、携帯電話を少し遠くに置くと、今度こそ読書の続きに集中した。





「はぁ〜!? 今から!?」

ユフィが電話口であまりに大きな声を出すので、イリスはすかさず携帯電話を耳から遠ざけた。ひととおりの罵声が収まったのを確認すると、もう一度電話を耳に近付ける。

「お願いユフィ、私一人じゃ不安なの」

「そーゆーのはヴィンセントに頼めよ」

「ヴィンセントに頼んだら意味ないの!」

「ったく、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」

「ありがとうユフィ! 流石はユフィ! 一緒ににナナキも連れてき──」

「ふざけんな!」

それだけ言うと、電話は切られて、ツーツーと音を出すばかりだった。少し欲張りすぎたな、と反省しながら、ニブルヘイムの登山口で、ユフィが来ることを祈って辛抱強く待った。その時、彼女の携帯電話がメールを受信して震えた。

─────────────
To:イリス
From:ヴィンセント
Sub:non title
-----------------------
気を付けて行ってこい
─────────────

そのメールを見たイリスは、やはり妥協は出来ないと自分に言い聞かせる。愛しい彼のためだ、やると決めたからには徹底的にやる必要がある。



「ユフィ、ナナキ、いきなりごめん!」

「マジで遠かったんだから!」

「まあまあ、イリスが頼み事なんて、よっぽどのことなんだよ」

レッド]Vはイリスを擁護しつつユフィを宥めた。ニブルヘイムまでの道程はかなりのものであったはずだが、その疲れを感じさせない二人はやはり強い。

「それで、今日はどうしたの?」

彼の質問にイリスが答えたものの、二人の表情はますます浮かないものになってゆく。

「ちょ、マジで言ってんの?」

「たしかにそれはちょっと大変そうだな……」

「お願い! どうしても行きたいの、お願いします、この通り!」

それでもやはり乗り気ではなかったようだが、イリスとしては迷っている時間はなかった。彼女は嫌がる二名を半ば強制的に連れて、ニブルヘイムの険しい山を登っていった。


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