冷たい岩窟
「うえええ」
「ユフィ、こっち! 吐くならこっち!」
クラウドの操縦は短時間で随分と上達したようだった。ケット・シーを海底に残し、潜水艦はそのまま真上に上昇して、ついに海面に姿を現した。
海面に出るや否や、潜水艦上部にあるハッチ状の扉を開けてユフィは海面に向かってえずいていた。イリスはその背中を擦りながら、久しぶりの外の空気をめいいっぱい吸い込む。
新鮮な空気と共に陽の光も浴びたいと思っていたところだったが、生憎空にはもう沈みかけている夕陽と、以前よりも近付いたように見えるメテオがあるだけだった。
「なんでオイラが……こんな目に……」
不幸にもユフィの下にいたレッド]Vは、身体ごと海に浸かって、水浴びをしているようだった。海水で身体を洗うことに抵抗はあったようだが、背に腹はかえられない。
「かあ〜っ! やっぱり俺様にゃあ海は合わねえ」
その後、皆もぞろぞろと扉から出てきては、海面に浮かんだ船体に腰掛け、身体を伸ばしている。
「息が詰まりそうだった」
「でも本当、クラウドほどじゃないけど、息苦しい感じだったわよね」
久しぶりに吸い込む新鮮な空気と、広々と手足を伸ばせる外に感動しているのは皆も同じだったらしい。
「けっ、お前はいつも涼しい顔してんな」
「……狭い空間には慣れている」
「ふふ、ヴィンセントさんってば」
長い間ニブルヘイムの地下に居たことを自虐的に言っているのか、最近の彼の少し冗談めいた発言に笑みがこぼれる。
「で? ここはどこなんだあ?」
「……急いで海面に上がったんだ。どこかはわからない」
辺りを見回してみると、そこは一面、聳え立つ山に囲まれた奇妙な地形だった。さながら火口のようなその場所には、人気もなければ植物さえろくに育っていない。
周辺の山は、海底から隆起した鋭い山脈の頂上が、海面から少し顔を出したようなもので、まともに歩けそうな陸すらない始末だった。
「もうちっとマシな所に出たら良かったのによお」
「なら今度はシドが操縦するんだな」
もうすぐ日も落ちるというのに、ゆっくりと身体を休められそうなところがどこにもない。夜になってしまえばたちまち真っ暗な闇に包まれてしまうだろう。
「ならもう一回潜るか?」
「いやいやいや、流石にカンベンして!」
だいぶすっきりした様子のユフィが、必死で抗議の声を上げた。やっと気分が良くなったというのに、またあの海底にトンボ帰りするなど信じられないと暴れ始める。
「火……火を焚こうよ……」
水浴びを終えたレッド]Vは身体をぶるぶると震わせて水気を切っているが、流石に身体が冷えてしまったらしい。がたがたと震えながら、火、火、と弱々しく呟いている。
「火を焚くところもないからな」
「そうね……」
海面に浮かんでいる潜水艦の船主の上で焚き火をする案、急斜面の山に足場を作って野宿をする案などが出されたが、どれも身体を休めることとは程遠い提案だった。
「皆さんお揃いで〜〜!」
突然海面からザブンと顔を出したのは、先程まで海底に取り残してきたケット・シーだった。ずぶ濡れのぬいぐるみが、にこにこと笑顔を見せながら遠くで手を振っている。こちらに気付くと、そのままゆっくりと泳いで潜水艦に近付く。
「ケット・シーさん! 無事ですか?」
「イリスはんおおきに、ピンピンしてますわ! お目当てのヒュージマテリアもこの通り!」
ヒュージマテリアを両手に抱えるようにしながら、海面にぷかぷかと器用に浮いている。重いはずのヒュージマテリアを手に、ぬいぐるみの姿で海を自由に移動する彼は一体どんな魔法を使ったのだろうか。普段陸を歩いているときよりもいきいきして見える。
「ケット、ナイス〜! これでマテリア3つも揃ったじゃん!」
「助かった、ケット・シー」
海に放り出した張本人のクラウドも、幾分かの申し訳なさを感じたように眉を下げていた。対してケット・シーの方は、気にしていないのか、或いは内心では根に持っているのか、感情の読み取れない笑顔を向けている。
「ほんで、何で皆さん潜水艦にずっとおるんです?」
「他に休むところがねえんだよ」
「また戻るにしても、少し休憩してからがいいかなって思ってたところなの」
「な〜るほど。ほんならあそこの陸に上がったらええんとちゃいますか?」
ほら、と彼が指差す方向を見たが、やはり上陸できるようななだらかな土地は見当たらない。
「斜面が急すぎて休むに休めない」
「いやいや、あっちに洞窟らしいモンがあるんですわ」
「洞窟……?」
「あ〜、こっからやと見えへんなあ。案内します」
どうやら海底から上がってきたケット・シーが、向こう岸の岩陰に洞窟を見付けたらしい。一度落ち着ついて休息を取ろうと、ケット・シーの誘導で潜水艦は水面を走っていった。
着いた場所には、山間にある洞窟と、少しばかりの陸が続いていた。近付かなければそこに洞窟があるなどとはわからないような、入り組んだ場所だった。
「ひとまず助かったな」
「はやく、はやく降りよ……」
潜水艦を陸に近付けて停泊させ、ぞろぞろと上陸する。目の前には大きく口を開けたような薄暗い洞窟が広がっている。
「思ったより深い洞窟ね……奥なんか真っ暗」
「何か出てくんじゃねえだろうな」
バレットの言葉は、皆に先の見えない洞窟の奥への恐怖心を植え付けたようだった。一度そう言われると、本当に何か恐ろしいものが潜んでいるのではないかと疑心暗鬼になる。
安心して休むためにと、全員で洞窟の奥を確認しに行く。潜水艦から引っ張り出してきた懐中電灯ひとつで、洞窟の壁を手探りで進む。
「あれ……?」
「光が漏れてますね」
「妙だな」
先程まで闇に包まれていた洞窟内部だったが、少し進んだところで、入り組んだ奥から光が漏れているのが見える。一体何があるのかと、全員は顔を見合わせて、また慎重に足を進める。
「わあ……!」
「え、何ココ! めっちゃ綺麗なんだけど! ってかマテリア!?」
光の溢れている場所は、とても洞窟の中とは思えないほど明るく、開放的な空間だった。そして、壁から天井まで、天然のマテリアらしきものが生成されており、それらが発光していたようだった。
入口からは想像もつかないほど広々としたその空間に、皆はこれで休息が取れると安堵の息をこぼし、ユフィは天然のマテリアに目を輝かせていた。
「こりゃあすげえ」
「このマテリア全部持って帰っていいかな!?」
「クラウド……火、火を焚いて」
ゆっくりと休める場所を確保し、危惧していたモンスターもいないことを確認すると、皆は各々地面に座り込んで身体を休め始めた。
「寒くはないか」
「ヴィンセントさんとくっついてるので大丈夫です」
太陽の熱も届かないその場所にはひんやりとした空気が流れていた。焚き火を囲み、隣合って座る二人はいつも以上に肩を寄せ合っている。
「二人のせいでこっちが暑くなるんですケド」
「ぴりぴりされてるより良いじゃねえか」
からかうような、それでいて、微笑ましい光景を見るような視線を向けられ、焚き火に照らされたイリスの顔は更に赤くなった。
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