ワタツミよ微笑みたまえ

「クラウド、上手!」

「あ、ああ……」

皆に取り囲まれながら、彼は着々とレーダーの反応を目指して海底を操縦していた。だんだんと慣れてきたのか、潜水艦の揺れも当初より少なくなり、ひとまず操縦に関しての不安は払拭された。

「なあ、みんな……そうされてるとやりづらいんだ」

「何言ってるの! ちゃんと見張ってなきゃ怖いじゃない!」

それほど広くない潜水艦の中で、見るものといえば、小さな窓から見える海と、珍しいクラウドの操縦姿くらいのものだった。

「いいぞいいぞ、レーダーに近付いてらあ!」

皆、レーダーの反応を見つつ、半ば面白がってクラウドを見ているようでもあった。バレットだけは、いつ魚雷を発射するのかと、発射ボタンの前に待機してはらはらしているようだった。



「ヴィンセントさん! すごく綺麗ですよ!」

「……深いな」

「深いところは嫌いですか?」

「いや、イリスが息苦しくないのならば良い」

二人は操縦席を離れ、小さな小窓から珍しい海底の様子を眺めていた。太陽の光もほとんど届かない、どこまでも暗く深い青が広がっていた。

彼女は時折、魚の鱗に光が反射して、キラリと光るのを見付けては、すごいすごいと嬉しそうにはしゃいでいた。

「まるで水族館だな」

「ヴィンセントさんは水族館に行ったことあるんですか?」

「いや、資料で見たことがあるだけだ」

他愛のない会話をしながら、二人で深海を眺める時間は穏やかで愛しい。窓に顔を近付けて、お互いのぬくもりを傍に感じながら、目の前の青に魅せられていた。

「この方がよく見える」

「あ、の……」

隣にいた彼は徐に背後へ回り込み、背中から抱き締めるようにして腕を回した。耳に彼の息がかかるほどの至近距離に緊張して身体がこわばる。彼はきっと少し屈んで、顔の高さを合わせているのだろう。

「恥ずかしいです」

「水族館ではこうして魚を観る」

背中から伝わってくる彼の体温も、顔のすぐ横で呼吸をしている彼の息も、はらりと落ちる髪も、いつも以上に彼を近くに感じる。嬉しい反面、慣れない恥ずかしさもある。

「"水族館ではこうして魚を観る"う? そんなワケ、ないじゃん! うっぷ……」

「まあまあ、イリスはんは水族館のこと知らんのですから」

二人のやり取りを遠目に見ていたユフィは、ヴィンセントの発言に突っ込まずにはいられなかったらしい。彼のわかりにくい冗談のような、或いはイリスとくっつきたいがための口実のような言葉に、驚いていたのもまた事実ではあった。

「デレデレしちゃってさ……」

乗り物酔いで吐き気を催しながらも、憎まれ口を叩かずにはいられないらしい。先程捕虜にした神羅兵が、どこからか急いで袋を持ってきてはユフィに渡している。何とも忙しない光景だった。



「来た来た、来たぞ!」

「おい、お前ら! いちゃこらしてる場合じゃねえ!」

穏やかな時間が流れていたところへ、操縦席からまたもや慌ただしい声が聞こえてきた。何事かと駆け寄るイリスに、ヴィンセントは両手を離して肩をすくめる。

「やべえやべえ、追い付くぞ!」

「頼むから静かにしてくれ」

興奮を抑えきれないバレットを横目に、クラウドは冷や汗をかきながら舵をとっていた。またもや全員が操縦席を取り囲むので、ますます窮屈になったそこで舵をとる手がぐらついている。

「何で逃げないのかしら?」

「そら、ボクらも神羅の潜水艦に乗ってますからね」

ヒュージマテリアを積み込んだ潜水艦は、こちらに距離を詰められても、特に速度を上げることもなく、目的地に向かって進んでいるようだった。こちらの潜水艦が乗っ取られているとは考えてもいないらしい。

「バレット、そろそろ準備して!」

「お、おう!」

レーダーの反応を見ながら、潜水艦を真正面に捉える。今は皆が固唾を飲んで、クラウドの操縦とバレットの魚雷発射を待ち構えている。

少しずつ、しかし確実に距離を詰めて、ついには潜水艦の照らすライトで前をゆく潜水艦を目視できるほどに近付いた。

「今だ、バレット」

「よっしゃあ!」

クラウドの合図と共に、魚雷発射ボタンが押された。思いの外静かに進んでゆく魚雷に、皆が注目する。ゆるゆると渦を巻きながら潜水艦に近づいてゆく魚雷だったが、だんだんと皆の間に現実感が広がる。

「おい、待てよ? 魚雷ってこんな近くから発射して良かったのか……?」

「……これってどのくらいの威力なのかしら」

一人が隣を見て、またその隣に目配せをして、皆の視線が行き着いた先は先程の捕虜だった。

「はっ! 潜水艦のひとつやふたつ、容易く吹っ飛ぶであります!」

神羅の開発した潜水艦とその魚雷に誇りを持っているのだろうが、今はそんな誇らしげな顔をしている場合ではない。潜水艦が吹っ飛ぶならば、こちらにも多少なりとも被害が出得るのではないか。

「ク、クラウド! 急いで下がって! はやく!」

「お前らもっと後ろに行けって!」

「はやく伏せろ!」

クラウドが全速力で潜水艦を後退させ、他の皆は潜水艦の後方にさがり、物陰に隠れるようにして伏せた。それとほとんど同時に、発射された魚雷は先の潜水艦にぶつかった。

水中にもかかわらず激しい爆発音がしたかと思えば、衝撃波で船体が大きく揺れる。

「ちょ、マジ、勘弁して……おええ」

「うわあああ! オイラの上、オイラの上だからユフィ!」

「イリス!」

阿鼻叫喚の中、ヴィンセントはイリスをマントで覆うようにしながら腕の中に閉じ込めた。彼女も彼にしっかりとしがみつくようにして、身体を小さく丸めている。

船体が横に大きく揺れる度に、きゃあきゃあと叫び声が上がり、余計に気分を悪くしたユフィはついに吐き出すものを吐き出して一人すっきりしたようでもあった。



「終わったか?」

「そうみたいね」

激しかった揺れも収まり、辺りにはまた静寂が戻っていた。少しずつ冷静さを取り戻しながら、操縦席に向かう。

ヴィンセントは、きつく腕に抱いていたイリスをそっとマントの外に出した。怪我のないことを確認すると、二人で静かに目を合わせて安堵した。

「やったぜ! これでヒュージマテリアは俺達のもんだ!」

目の前には、コントロールを失い船体もぼろぼろになった潜水艦が、ゆっくりと海底に向かって沈んでいる光景があった。

荒っぽく無謀な作戦ではあったが、ひとまずこの作戦は成功したらしい。

「はあ……お前たち、俺を捨てて逃げたな」

「そんな人聞きの悪いこと言わんといてくださいよ! ま、これもみーんなクラウドはんの操縦のおかげですわ」

彼の嫌味をさらりとかわしながらにこにこしているケット・シーに、もう怒る気力も湧かないらしい。

「ひとまずこれで安心ね」

「一時はどうかるかと思ったぜ」

「でも、どうやって回収しましょうか……アレ」

喜びの中、水を差すようなことを言って申し訳ない、という表情でイリスが指差した先には、完全に海底に沈んで木端微塵となった潜水艦があった。

沈めたところまでは良かったが、ヒュージマテリアを回収するには一度この潜水艦から出て、海の中で瓦礫を掻き分けなければならない。

「こん中で一番長く息を止めていられる奴が──」

「馬鹿を言うな」

バレットの提案はヴィンセントにぴしゃりと却下され、どうしたものかと皆で頭をひねる。

「最後の手段を使うしかない」

ぼそりと呟いたクラウドは、じっとりとした目付きでケット・シーを見つめている。

「ま、ボクしか居らんでしょうね……」

先程クラウドを置いてけぼりにしたことの恨みなのか、或いはそれを茶化したケット・シーへの当て付けなのか、いずれにしてもぬいぐるみの彼に任せる他ないだろうというクラウドの提案に誰も反対できなかった。

反対すれば、"一番長く息を止めていられる奴"が潜るという恐ろしい案になってしまいかねない。

「大丈夫ですか?」

「ボクのこと気遣ってくれるんはイリスはんだけですわ〜! 心配せんとってください! ちゃあんと回収して皆さんに渡しますから」

「みんな、ちょ、一旦陸に上がろ……頼む……ユフィちゃん一生のお願いだから……」

「オイラからもお願いする……」

あれこれと慌ただしく動いている間にすっかり忘れていた彼女は、レッド]Vの近くで盛大にやらかしてしまったらしい。その大惨事を見て、またもや皆は大慌てし始める。

「たいへん!」

「どこでもいいから急いで上がってやれ!」

そのままクラウドは、照明を1つ持たせただけのケット・シーを海の中に放り出して、無情にも潜水艦をさっさと海面へと上昇させた。


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