渺々として碧

「何してるんだ、さっさと積み込めよ、と」

海底魔晄炉に響く銃声に、何事かとやってきたのは、いつか見た赤髪のタークスだった。相変わらずスーツを着崩して、手にはロッドを持っている。

「クラウド、またお前らか」

「ヒュージマテリアを渡してもらう」

特に構えるでもなく、静かにこちらの様子を伺っている彼に、神羅兵達も攻撃の手を止めた。

「生憎お前らと遊んでる暇はねえぞ、と」

彼は兵士達に指示を出しているが、攻撃を与える隙は見せない。好意的な訳ではないが、敵対心を剥き出しにしている訳でもなく、どうも彼の行動は掴めない。

以前ウータイで、コルネオからイリス、ユフィ、イリーナを奪還するために手を組んだこともあったが、あれはやはり一時的なものだったらしい。やはり仕事となれば馴れ合いはしないらしい。

「レノさん、ヒュージマテリアをメテオにぶつけても、星の命は縮んでしまいます!」

「おっと、イリスにしちゃあ威勢が良いな。けど俺は社長についてくだけだぞ、と」

彼を説得しようとしても無駄だと、ヴィンセントが片手で制した。その間にも膠着は続き、一触即発の状態のまま、レノの奥ではヒュージマテリアが潜水艦に運び込まれてしまった。

「俺はこれで失礼するぞ、と」 

「おい、待て!」

彼等の罠にまんまとかかってしまったまま、身動きもとれず、ここを仕切っていたらしいレノまで足早にその場を去ってしまう。



「クソッ! おい、行くぞお前ら! 俺に続け!」

突然そう叫んだバレットは、取り囲んでいた神羅兵達を追い払うなり、一目散に駆け出した。

何か案でもあるのかと期待する一方で、どこか無鉄砲な彼に皆が顔を見合わせる。またコレルの列車のようになるのではないかと、やや不安げな空気が漂った。

「悩んでる時間もなさそうだしな」

ふっと笑ったクラウドの顔を見て、こうなれば仕方がないと皆でバレットの後を追う。

「けっ、覚えてるか? 最初は俺がリーダーでよ! あの列車に乗ってからよ、随分と遠くまで来ちまったもんだぜ!」

走りながらそう語るバレットに、クラウドは肩をすくめた。これほど危険かつ喫緊した状況にもかかわらず、二人はどこか懐かしいものを見るような、楽しそうにすら見える顔で血路を開いてゆく。

「オッサン、気持ち悪いんだけど」

「餓鬼に男のロマンがわかってたまるか!」

何がロマンなのかと皆の頭には疑問符が浮かんだが、バレットは言葉通り、どこか誇らしげでもあった。そして実際、彼は驚異的とも言える力を発揮して、神羅兵達を蹴散らし、潜水艦が停められている場所まで血路を開いた。

「どんなもんよ!」

「男のロマンってヤツ、なかなかやるじゃん」

一人で兵士を片付けてしまったバレットは、一度にやりと笑って皆を振り返り、潜水艦に向かってまた走り出した。

「これに乗ってヒュージマテリア追い掛けるぞ!」

「なに!?」

「はっ!? ちょ、オッサン待てよ! 乗るって誰が!? アタシらがこれに乗るの!?」

潜水艦に乗り込むと聞き、クラウドとユフィが血相を変えてバレットを問い詰める。しかしバレットの方は、既に潜水艦の扉をこじ開け、中にいる兵士達をも蹴散らし始めているようだった。

「他に方法もない」

「急がないと、ヒュージマテリア取られちゃうよ」

じりじりと後退しながら尚も反対するユフィだったが、皆はほとんどバレットに納得させられてしまっているようだった。

乗り物にめっぽう弱い二人が、そろって絶望の表情を浮かべている。

「ヴィンセントにイリスまで! そ、そうだ、操縦! 潜水艦なんて誰も操縦出来ないだろ!」

「操縦なら俺様に任せな」

「あーもう! そうじゃなくて!」

発言する度に深みにはまってゆくユフィを、哀れむような目で見ながら、皆もバレットに続いて潜水艦に入っていってしまう。

唯一の味方であるクラウドに助けを求めるが、彼もまた、大きくため息をついて潜水艦に向かう。

「……諦めよう」

ぽん、と肩に手を置き、ほとんど連行するようにしてユフィを引きずってゆく。いつまでも喚いていたユフィだったが、ガタンと大きな音をたてて閉まった扉に、諦めたように抵抗を辞めた。



「ありがとうございます! 捕虜にしてくれて自分は幸せであります!」

「右に同じであります!」

潜水艦の中は、外見に比して広いように感じた。これだけの人数を収容しつつ、まだ空間にゆとりがある。

先に突入したバレットが力で屈服させたのか、或いは潜水艦の中での戦闘を避けたのか、数名の新羅兵が涙を浮かべながら感謝を叫んでいた。

「自分達、邪魔はしませんので! 隅にかたまって大人しくしているであります!」

「お、おうよ」

バレットを、まるで神か何かのように崇める兵士に、彼も若干の困惑を見せていた。

「バレットが新羅兵を捕虜にするなんて、大人になったってこと?」

「けっ、そんなんじゃねえよ!」

どこかやわらかい物腰のバレットに、ティファも思わず笑をこぼす。

「ねえ、和んでるとこ悪いんだけどさ、出発するなら出発するで早くしよーよ……」

「ああ……俺も賛成だ」

潜水艦にしては広い、といっても、乗り物嫌いな二人にとってはこの空間は地獄なのだろう。まだ動いてもいないうちから、気分悪そうにうずくまっている。

「おっさん、操縦できるんだろ……はやく、はやくして……」

「おう! まっかせとけ!」

皆はシドを操縦席に通して、初めて見る潜水艦の操縦に目を輝かせた。一面に機械が取り付けられ、あちこちのランプが光り、絶えずレーダーのようなものが映し出されている。

「これでさっきの潜水艦が追えますね!」

「お、おう……それがよぉ」

操縦席に座ったまま動かないシドは、ゆっくりと後ろを振り返って皆を見た。その半笑いの表情から、皆に嫌な予感がよぎる。

「ちょっと、こりゃあ……わかんねえな」

「はああ!? オッサンが操縦できるっつーから乗り込んだんだろ!」

「おいおい、先に突っ込んでったのはバレットだぜ!?」

こんなところで口喧嘩はやめてくれと、ケット・シーが二人を引き剥がす。誰も操縦ができないとなっては、先のヒュージマテリアの行方もわからなくなってしまう。

困ったときにはいつも冷静に対処してくれる、という皆の経験からか、全員がヴィンセントを振り返った。一同の視線を集めた彼だったが、直ぐにマントに顔を埋めてしまう。

「私は機械は苦手だ」

「案外使えねえな」

お前が言うな、と言わんばかりにシドを睨み付けて、彼は両腕を組んで黙り込んでしまった。

そんな中、ティファとイリスの二人は、操縦席であれこれとボタンを押し、えいっ、という声と同時に引いたレバーでエンジンがかかった。

「やった! 皆さん、動きましたよ!」

「いやいや、イリスの操縦とかコワすぎなんだけど」

急にガタガタと揺れ出したことと、それを動かしたのがイリスであるということに、苛立っていた皆の感情はだんだんと恐怖に変わっていった。

「ねえクラウド、操縦してみたら? 気も紛れるだろうし」

「俺が?」

「適当に動かしてたらなんとかなるよ! イリスでも動かせたんだから」

さらっと失礼なことを言いつつ、やや強引にクラウドを操縦席に座らせる。一番"強い"のはティファなのかもしれないと、誰も彼女に逆らおうとはしなかった。

「はぁ……わかった。やってみよう」

こうして、クラウドの不慣れな操縦により、潜水艦はゆっくりと海中に入っていった。ガタガタと艦体が揺れ、海底から隆起している岩にぶつかりそうになりながらも、少しずつ前には進んでいるようだった。

「あ! これ、このレーダーに反応してるのって、さっきの潜水艦じゃないですか?」

「よし、追いかけるぞ」

少し遠くに反応したそれは、先程ヒュージマテリアを積み込んでいった潜水艦のようだった。他にレーダーに反応するものもない以上、今はそれを追うしかないようだった。

「追い付いたとして、その後はどうする」

「決まってんだろ!」

いつの間に見つけ出したのか、バレットは魚雷発射ボタンに手を掛けながらにやりと笑った。

もうどうにでもなれと、皆は自棄になりつつも、操縦席から少し後退りをした。


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