先回り
穏やかな時間の流れていた部屋に、クルー達が慌ただしく駆け回る音が聞こえた。あちこちの部屋に出入りする忙しない足音と、早口で何やら伝えている声に、ただならぬ事態を察した。
「どうしたんでしょう」
「何か傍受できたのかもしれない」
二人は連れ立って部屋を出ると、先程よりもやや急いた気持ちでコックピットへと向かった。いつの間にか飛空艇に帰ってきた仲間たちも、難しい顔をしている。
「何かわかったのか」
「それが、えらいことですよ」
ケット・シーの無機質なぬいぐるみの顔でさえも、今や緊迫しているように感じられるほど、何か大変なことが起きているらしい。
説明をしようとするケット・シーを遮って、シドが怒りを露わにしながら口を開く。
「ルーファウスの野郎、マテリアをロケットに乗せてメテオにぶつけるだと! ロケットを何だと思っていやがる!」
「それだけじゃねえ!」
今度はシドをも遮ってバレットが興奮気味に話し始める。
「そのマテリアってのが、ただのマテリアじゃねえんだよ! ふーじマテリアだかなんだか知らねえが、神羅の奴ら、コレルに向かってんだよ!」
「バレットはん、ヒュージマテリアっちゅーやつです」
「何だっていいだろ! とにかくこのままじゃ星がやべえ!」
憤る皆を宥めつつ話を聞くと、どうやら神羅カンパニーは、星の命でもある魔晄が高度に凝縮した巨大なマテリアである「ヒュージマテリア」というものを、ロケットに搭載してメテオに衝突させ、メテオの墜落を阻止しようとしているらしい。
彼等なりに星を救おうとしているのだろうが、それは同時に星の命を削ることにもなってしまう諸刃の剣ともいえる。
「マテリア!? マテリアなくなっちゃうの!?」
「多分ユフィが集めてるマテリアよりも大きいマテリアなんじゃないかな……」
「はぁ〜!? 許せないんだけど! 神羅に盗られる前にアタシらが盗っちゃおうよう!」
「そんな、泥棒みたいな……」
「いや、良い案かもしれない」
ユフィとイリスの何気ない会話に、珍しくヴィンセントが口を挟んだかと思えば、ユフィの考えに賛同している。
「"盗む"のではなく"守る"と言った方が正確か。ケット・シー、ヒュージマテリアの在り処は解っているのか」
「さっきの会話からやと、コレル、コンドルフォート、ジュノン、ロケット村にあるらしいですわ。全部のヒュージマテリアをロケット村に集めるつもりなんとちゃいますかね」
「ならばロケット村は後回しだ。コレル、コンドルフォート、ジュノンに向かうべきか」
神羅よりも先に、ヒュージマテリアのある場所へと向かい、企てを阻止する、という計画に意見がまとまりつつあった。
いつになく危険な作戦であるにもかかわらず、クラウドとティファがこの作戦に加わることが出来ないことが不安でもあった。
「ジュノンも後回しでええんとちゃいますかね。なんや、潜水艦つこうて運ぶらしいですし」
「それなら俺はコレルに行くぜ! 飛空艇とばしてくれシドさんよお!」
是が非でもコレルへ行くというバレットに、イリスとヴィンセント、レッド]Vが同行し、残りのメンバーはコンドルフォートへ向かうことで話がまとまった。
シドはロケット村へ行きたいようだったが、時間が差し迫っている今、まずはコレルとコンドルフォートが先だと皆で説得する。
「ほんならバレットはん達をコレルに降ろして、ボクらはその後コンドルフォート行きましょ。回収できたら連絡、何かあっても連絡、とにかく連絡してくださいよ」
バレットはケット・シーから携帯電話を受け取ると、足早に自室に戻り、ヒュージマテリア回収のための準備に取り掛かっているようだった。
「私たちも何か準備していった方がいいでしょうか?」
「お前はいつも以上に気を付けていろ」
「……はい」
自分にできることは今回も特にないらしい。そしてやはり、足を引っ張らないよう努めることくらいしかできることはないのかもしれない。
この状況下で、いちいち落ち込んでいる場合ではないと、イリスは気持ちを切り替えようと深呼吸をした。
「イリス」
「はい」
「体調が気掛かりだ」
何やらいつも以上に難しい顔をしている彼に、どうしたのだろうと彼を見上げた。その目には不安の色が映り、彼らしくない表情を浮かべているような気がした。
「大丈夫です、ヴィンセントさんたちの迷惑にはならないようにします」
「……イリスにも困ったものだな」
彼は片手を握りしめたかと思えば、そのままぐいと彼の方に引っ張った。突然かけられた力に、彼の腕の中に転がり込んでしまう。
「私が心配しているのはイリス、お前の身体、それだけだ」
そんなことをきつく抱き締めながら言うのは彼らしくないことだった。彼の方こそ、心が不安で満ちているかのような気さえした。
「ちゃんとヴィンセントさんについていきます、大丈夫」
彼を宥めるように、その背中に腕を回してそう答えた。少々過保護な彼は、神羅との争い事に巻き込むことを極端に嫌っている。その彼の思いは痛いほど伝わってくる。
「私はきっと大丈夫だと思います」
「ヒュージマテリアにどのような力があるのかもわかっていない。お前の身体にまた異変を来す可能性もある」
「でも、大丈夫です。大丈夫なんです」
珍しく強気な発言をする彼女に、ヴィンセントは不思議そうに顔を覗きこむ。はらりと頬にかかった彼女の髪を、掬うようにして耳にかけた。
「私にはヴィンセントさんがついてるんです、だから大丈夫なんです」
少し格好をつけすぎただろうかと思いながらも、彼を安心させるようににっこりと笑って見せた。
彼が一緒に居る限り、きっと自分は大丈夫だと、そう勇気付けられる。そのことを彼にもわかってほしい。
「……そうだな」
彼もやっと、眉間に寄せた皺を元に戻した。いつも通りの彼の表情を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「命に代えてもお前を護ると約束した」
格好をつけようと思ったのに、結局彼の真っ直ぐな言葉に負けてしまった。これほど心強くて幸せになる言葉が他にあるだろうか。
きっと大丈夫だと、もう口に出さずとも、二人の心はその気持ちで通じ合っていた。
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