甘い時間を

「ありゃあ、嬢ちゃんもつれぇよな……」

クラウドの手を握りながら、何も言葉を発することができずにいるティファを病室に残し、皆は外で話し合っていた。

ぽつりと呟いたシドの言葉に、皆も同感せざるを得ない。今のティファに何と声を掛けても、ただ首を横に振るばかりで、彼女の心も深く傷付いているとわかる。

「アタシ達これからどうすんの……?」

今まで皆を引っ張ってきたリーダーでもあるクラウドを、ティファを含めた皆が必要としていたが、彼があのような状態でいる限り、これまでのように旅を続けることはできないだろう。

ユフィの言葉に誰もすぐさま応えることができずに、病院の前で突っ立ってしまっている。

「でも、クラウドさんが見付かったことには変わりないですよね?」

「そりゃあそうだけどよお、クラウド引っ張り出して来る訳にもいかねえだろ」

「クラウドさんにもティファさんにも、少し時間をあげた方が良いと思うんです」

普段は口数の少ないイリスだったが、皆が呆然としているこの状況下で、彼女の言葉は皆の思考を再び動かし始めたようだった。

「時間あげるって言ってもなぁ……」

「オイラ達に出来ることがないか考えてみるのはどうかな?」

「お! よう言ったレッドの坊や! ほんならボクもちょっと神羅の会議室でも盗聴してきます」

にんまりと笑顔を見せて、いたずらっ子のように神羅のトランシーバーを掲げるケット・シーは、もはや開き直ったと言いながら飛空艇へと戻って行った。

「じゃあ俺らは武器と防具の調達に行ってくるか」

シドもやることが明確になったとわかるや否や、あっちだこっちだと言いながら街の店を探しに行った。

「私達も飛空艇に戻ろう。ケット・シーの情報が気になる」

「会議を盗聴するって言ってましたよね……」

「ああ、興味深いな」

神羅が今何を企てているのかを知る必要があったのは確かだった。皆が武器を調達する必要があったのも、飛空艇の整備をする必要があったのも確かだった。

しかし皆、病院に残している二人を気に掛けているのもまた確かだった。二人きりにしてあげるべきだという配慮と、二人を残している時間に何か出来ることがあればやっておこうという気遣いを、それとなしに皆が共有していた。

病院をちらりと見るなり颯爽とマントを翻したヴィンセントに、イリスも彼と共に飛空艇へと足を向けた。





「──が、──テオに、──ちゃえば───」

「どないしたんや、えらい聞こえづらいで」

飛空艇に戻ると、コックピット近くでトランシーバー片手に奮闘しているケット・シーの姿があった。横で茶々を入れているレッド]Vに八つ当たりをしながら電波を拾っているらしい。

「なんだか今はまだ取り込み中みたいですね」

「……仕方ない」

早く情報が欲しかったらしいヴィンセントはやや落胆したように呟いた。

「街に戻りますか?」

「いや……部屋に戻って休んだ方が良い。特にお前は」

そう言うなり、彼はそっと、自然に手を取って部屋へと向かった。

コックピットから部屋へ行くのに、わざわざ手を繋ぐ必要はきっとない。体調が悪くて一人で歩けないわけでも、道の悪い山道を歩くわけでもない。それでも彼は優しく手を繋いでくれている。

「どうした」

「……なんでもないんです。ただ、嬉しくて」

それほど長くもない廊下を歩きながら、彼は彼女の感情の流れを敏感に汲み取ったようだった。嬉しいと口にすれば、彼は少し悪戯そうに笑って、一度強く手を握った。

部屋に入って扉を閉めても、繋いだ手を離すタイミングを見失い、未だ彼の手を握ったまま立っていた。こういったことに不慣れであることを如実に表してしまっているようで、気恥ずかしくもあった。

「そのうち慣れる」

「あんまり慣れない気がしますし、慣れたくもないです」

「ほう……」

彼はまた自然に手を引いて、ベッドに腰かけるよう促した。先ほどよりも彼の体温を近くに感じて、繋いだ手が熱くなる。

「ああ、もう、こんなに緊張していたらだめですよね」

「駄目なことなどない」

「でも、普通はもっと自然に、緊張なんかしないでいるものなんじゃないかと思って」

「普通などというものもない。私達には私達の付き合い方がある」

彼の考え方はとても大人びていて、そしてイリスの心を落ち着かせた。不慣れで緊張ばかりして、空回りしてしまう自分を、彼はペースを合わせて待っていてくれているのだろう。

「手を……繋いでくれることにすら緊張してしまって……でもとても嬉しくて、なんだか実感が湧かないです」

「必要かどうかではない、したいことをすれば良い」

こちらの心の内を見抜いているような彼の発言にまた心臓がどきりと音を立てた。したいことをすればいい。彼はしたいと思ってそうしてくれているのだろうか。そうだとしたら、自分はなんと幸せ者だろうか。

「したいと思うこと……」

「お前は私の何だ」

「えっと……」

「ただの顔見知りか?」

「違います! ヴィンセントさんは私の、こ、恋人、です」

顔を真っ赤にしながらそう言うと、彼は満足そうに目を細めて笑った。してやったり、という彼の顔は、最近になって初めて見たが、そんな顔をされるとこちらが照れてしまう。

「ならば、好きなことをしたら良い」

「でも、嫌じゃないかな、とか、迷惑じゃないかな、とか、色々考えてしまっているうちに何もできなくなってしまうことが多くて」

「イリス」

彼は徐に顔をぐいと近付けた。あと少し顔を近づけたら唇が触れてしまいそうな距離で、彼はこてんと首を傾けた。

目をぱちくりとさせて硬直しているが、彼の方は涼しい顔をして微動だにしない。試されているか、半分はからかっているのかもしれない。

「……イリス」

再度囁くように名前を呼ぶ彼に、愛しさが募った。目の前で自分の名前を呼ぶ彼が、いつでも自分を大切に思ってくれている彼が、とても愛しく思えた。

そうして、恥ずかしさに目を閉じながらも、顔をそっと彼に近付けた。唇が触れたのを感じて、また恥ずかしさに拍車がかかったが、それよりも今は、愛しさと幸せとで心がいっぱいになった。

「私が嫌がると思うか?」

離した頭を撫でながら、彼はそう言った。そんなことはない、と身をもって感じる。好きなことをしたらいい、それはかなり難しいことだろうとは思ったが、彼にならば、これから身を委ねていくことができるかもしれない。

「今のティファは、クラウドにそれができない」

「……そうですよね」

「今ある幸せを、お前に感じてほしい」

クラウドとティファの姿を見て、彼は自分達と重ね合わせたのかもしれない。いつも余裕で、いつも自分をリードしてくれているように見える彼も、自分達の未来を心配してくれているのかもしれない。特に、宝条の言っていたように、自分の身体が何を秘めているのか、それがどのように影響してくるのか、未だに不明確なことが多い中で、彼はきっと自分の身を案じてくれているのだろう。

彼の言わんとしていることが伝わった気がして、思わず彼の背中に腕を回した。彼の心臓の音が、普段よりも少しだけ速く鳴っているような気がした。


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