不安定な攻防
計画通り、シドの操縦する飛空艇は皆を乗せてコレル付近に着陸した。急ぐバレットに続いて、レッド]V、イリス、ヴィンセントの四人が艇を降りる。
「イリス〜! バレットのこと頼んだよ〜!」
乗り物酔いでやや顔を青くしたユフィが、甲板から顔を覗かせて言った。大きく手を振りながら笑顔で声援を送られると、こんな状況下でも心があたたまるのだから、彼女の力は偉大だ。
「ユフィも、シドさんとケット・シーさん達と頑張るんだよ!」
出し得る限りの大きな声を張って、ユフィと同じように手を振り返した。
「まっかせとけ〜! あとイリス、これ!」
ユフィは一度甲板から姿を消したかと思えば、大きく腕を振りかぶって、何かきらきらとしたものをこちらへ勢いよく投げてきた。
「え、ええっ」
慌てふためきながらもなんとか受け止めたそれは、ユフィがいつも持っているマテリアだった。どうやらバリアのマテリアらしい。
「ナイスキャッチ! 気を付けてな!」
ユフィの言葉を合図に、飛空艇は再び浮き上がり、コンドルフォートへ向けて発進していった。
バリアのマテリアで身を守れということなのだろうか。ユフィが身を案じてくれていることを感じると、また心があたたまる気がした。
自分はマテリアがなくても魔法を詠唱することができる、ということをユフィが知らないとは思えない。それでも彼女が手渡してくれたのは、用心して行けという意味がきっとあるだろうし、御守りのように持っておけという意味のようにも思えた。
受け取ったマテリアを装備して、イリスは少し先を歩く三人の方へと走り出した。
「なんか、ガタガタ聞こえない?」
足早にコレルへ向かう道中、レッド]Vが徐に立ち止まり、耳を立てながら言った。三人も耳をすませるが、特に物音は聞こえない。
「気のせいだろ」
バレットも一度は立ち止まったが、何も聞こえない、と再び歩き始めた。しかし、今度こそ、三人の耳にも聞こえるほど大きなガタガタという音が聞こえてきた。
「なんか、音というより……」
「揺れているな」
少しずつ振動が大きくなってきたかと思えば、コレルへ向かう列車が走ってくるのが見えた。
「あいつら! 列車でマテリア運ぶ気だ!」
そうと気が付いたときには、既に列車はコレルの方向へと走り出していた。流石に徒歩では追いつきそうもない。かといって、列車を止めることも難しそうな状況で、どうしたものかとハラハラしていると、バレットが突然走りだした。それも、コレルとは逆の方向に駆けてゆく。
「バレットさん!?」
「いいからついてこい!」
何か考えのある様子のバレットに、他に策もないと、三人は走ってついていくしかなかった。
「バレットさん、すごいです! 列車を操縦できるなんて!」
バレットについていくと、そこはコレルの魔晄炉のある場所だった。その車庫から停車してあった列車に乗り込み、先程ヒュージマテリアを積んだ列車を追い掛けている。
「いや、それがよう……」
びゅんびゅんと風をきって走ってゆく列車は、このままいけば先の列車に追いつくだろうと思われたが、それに反してバレットの表情は曇ってゆく。
「動かしたはいいんだけどよう……止め方が、」
「わからないんですか!?」
「お前止めてくれ!」
「オイラには無理だよう!」
ぶんぶんと首を振って後ずさるレッド]Vに、バレットはイリスとヴィンセントに助けを求めるように視線を送る。
「わ、私も列車の操縦なんてできませんよ!」
「私も機械は苦手なんだ」
「クッソ、こういうときに限ってシドの野郎がいねえ!」
四人が操縦室で押し問答をしている間にも、線路の先に列車が見えてきた。しかし、このままの速度で走り続ければ、確実に前を走る列車に激突してしまう。
「バレット、ブレーキかけようよ! ブレーキ!」
「ブレーキったって、どれのことだ、これか?」
「おい……」
バレットが目の前にあるレバーを思い切り動かすと、バキっとおかしな音を立て、その取っ手は虚しく折れた。
「そんなに強くやったらダメだよ!」
「だったらお前がやればよかっただろ!」
「あまり言い争っている時間もなさそうだ」
責任の押し付け合いをしている間に、もう目標の列車は目の前に迫っていた。どうするべきか、悠長に考えている暇もない。
「……よし、お前らついてこい!」
「大丈夫かな……」
またもや闇雲に行動しようとするバレットだったが、こうなれば仕方ないと、三人は彼に続く。梯子を上って列車の屋根の上に登ったが、外は想像以上に強い風が吹き付けている。しっかりと掴まっていないと振り落とされそうになる。
四人の乗った列車は、ヒュージマテリアを積んでいるであろう列車のすぐ後方を走行していた。今にも衝突しそうな近さにひやりとする。
「まさか……」
「飛び移るぞ!」
バレットの言い出しそうなことは予想していたが、猛スピードで走行している列車をいざ目の前にすると、恐怖で足がすくんでしまう。
「今だ! 行くぞ!」
バレットは勢いをつけて列車に飛び移った。レッド]Vもそれに続いて勢い良くジャンプする。
イリスは立っているのもままならない状態で、何とかして助走をつけようと少し後ろに下がった。
「わっ」
しかしそんなイリスをヴィンセントが放っておくはずもなく、片手でひょいと彼女を抱き抱えると、そのまま難なく列車に飛び移った。
「あ、ありがとうございます」
「イリス一人では落下するのが目に見えている」
ぐうの音も出ない正論を言われ、情けないと思いつつも、スマートな彼に一瞬見惚れてしまう。
そのままゆっくりと腕から降ろされ、振り落とされないように手を握られた。
先ほどまで自分達が乗っていた列車は、ガタンと音を立てて、乗り移った列車に衝突した。その衝撃でまたもや振り落とされそうになる。
「おっと、お客がやってくるぜ」
その衝撃で気付かれたのか、神羅兵がぞろぞろと列車の屋根の上にやってきては、こちらに銃を向けている。
「迎え撃つか」
「決まってんだろ!」
そうして、高速で走行する列車の上での戦闘が始まってしまった。皆はいつも通りに戦闘をしているが、イリスは上手く加勢することができないまま、後方で必死で掴まっていた。
次から次へとやってくる神羅兵と、足場の悪い状況で、三人は苦戦を強いられているようだった。自分にも何かできることはないかと、イリスは魔法を唱える。
「みなさん、かがんでください!」
イリスの唱えたサンダガが兵士達に命中し、こちらがかなり優勢になったように見えた。少しほっとした彼女だったが、そこにヴィンセントの声が聞こえてくる。
「イリス、魔法を唱えるな」
彼はきっと、身体を心配してくれているのだとすぐにわかった。魔法を唱えるということは、命を削ることになる。北の大空洞で宝条の言っていたことを、ここへきて思い出す。
ほとんどの敵を撃破したところで、ヴィンセントがこちらへやってきた。
「戦闘に加わろうとしなくていい」
「でも……」
「足手まといではない、私のそばに居てくれるだけで十分だ」
彼はそう言ってくれるが、彼女の心は複雑なものだった。何もしないまま、ただ仲間が必死で戦闘をしているのを見ているだけ、などということはとてもできない。
「ヴィンセントさんも、命をかけて戦ってくれているんですもの。私も役に立ちたいです」
「まったく、お前は……」
彼は呆れたような、それでいて少し困ったように笑った。そしてまた手をとると、先ほどよりも力強くその手を握った。
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