心まで包む

二人で部屋を出たのはそれから暫く経ってからだった。その後特に何か会話をした訳でもなく、ただ夕暮れの部屋の中で、静かに手を握り合ったまま座っていた。

先に立ち上がったのはイリスの方だった。行く先をはやく決めなければという気持ちは当然あったが、それ以上に、二人きりでいることの気恥ずかしさと照れくささに負けてしまった。

彼の方もきっと、全てお見通しだったのだろう。あの余裕のある笑みを浮かべながら、しかしコックピットへ行くと言うイリスに同行する。

「……」

「……」

何を話せばよいのかわからないまま無言で廊下を歩いた。沈黙が気まずいなどという以前のような事態には最早陥ることはなかったが、どうにも慣れない。ずっと胸の奥がくすぐったい。



「あれ、イリス……うっぷ、」

コックピットへ向かう途中の、吹き抜けのある広間の片隅で、コンテナの陰から顔を出したユフィにびくりとした。

「ユ、ユフィ」

「何だよその目は〜! ……う、ううっ」

「また酔ってるの?」

見るからに気分が悪そうな彼女に同情してしまう。ケアルもエスナも、乗り物酔いには効かないことを知っている今、彼女にしてあげられることは少ない。

「部屋で横になる? 甲板で外の空気吸う?」

「……う、」

「ユフィ?」

「……なんか、二人、どうしたのさ」

気持ち悪さに顔をしかめながらも、彼女はこちらを物色するように見た。どうしたのかと言われるほど、何か目に見える変化があったわけではないはずだ。

「どうって……何も……」

「嘘つけ〜、……クッソ、酔ってなきゃとことんからかうのに、おえぇ」

「わああ、大変! 袋、袋持ってくるから!」

何やら勘の良い彼女は、二人の纏う雰囲気の変化に気付いたのかもしれない。

しかし今はそれよりも、大惨事となったその場をどうするべきかとイリスはあちこちを駆け回り、ユフィの介抱とその場の処理をせっせとしていた。

「先に行っている」

「わかりました」

そう告げると彼はコックピットへ向かった。いつも身に纏っているマントはまだ乾かない。普段よりも彼の身体の線がよく見える後ろ姿に見惚れてしまう。

「……やっとくっついたの?」

「え?」

少し気分が良くなったのか、ユフィは口元ににやりと笑みを浮かべながらそう言った。

「あ〜、いいっていいって、……うう。どうせみんな知ってるから」

「……な、何言って、」

「とぼけるなって、ほらヴィンセント追いかけな」

シッシッと手で追い払うようにしたのは彼女なりの気遣いだろう。暫くここにいるから、と言ったきり、早く行けと目で訴えている。

「気分悪くなったら言うんだよ」

「わかったから、はやく行けっての」

ぶっきらぼうに見えて仲間想いであることを知っているからこそ、彼女の行動が可愛らしくも見えた。

やや心配は残ったものの、追い払われてしまっては仕方がないと、イリスもコックピットへと向かった。



コックピットでは、ヴィンセントがクルーの一人となにやら地図を片手に話していた。ライフストリームの吹き出す場所の見当をつけているのだろう。

「あ、イリスさん!」

二人に混ざることも出来ずに突っ立っていたところへ、また一人のクルーがやってきた。何やら嬉しそうに笑顔を浮かべている。

「ティファさん達も救出できたようで何よりです! 僕もう感激です!」

彼の言葉は嘘でも誇張でもないようだった。目を輝かせながら興奮気味に話している。

「はい、本当に、皆さんの飛空艇のおかげです」

「ちちちがいますよ! この飛空艇はシドさんたち、つまり皆さんのものです!」

相変わらず「神羅」と刺繍された作業着を纏っている彼の口から、皆さんの飛空艇だ、などという言葉が発せられたのが意外だった。

疑問に思っていることが顔に出てしまっていたのか、彼はまた興奮気味に話し始める。

「僕たちハイウインドのクルーは、毎日ハイデッカーにこきつかわれていました。でも憧れのハイウインドのクルーになれたからと、我慢してました。そんなある日、確か7日前です、北の大空洞に向かう任務のときに、皆さんがこの艇に乗ってこられたんです。そこに、伝説のパイロット、シドさんの姿があったんです!」

彼は目を輝かせながら、その日のことを思い浮かべるように楽しげに語っていた。この飛空艇がそれほどまでに憧れの的であることも、シドが「伝説のパイロット」と称されるほどの腕前だったことも初めて耳にして、目の前の彼と同じようにイリスの胸も高まった。

それから、飛空艇を神羅から奪還するまでの経緯を、彼は面白おかしく、しかし興奮気味に語ってくれた。

星の命を救う旅に自分達も協力したいと、クルー全員が一団となって、飛空艇を神羅からシドの元へと奪還したのだという。

「でも、7日前にティファさんやバレットさん、イリスさんが捕まってしまって……僕たちはずっと救出のチャンスを伺っていたんです! だから本当に、戻ってこられて良かったです!」

「そんなことがあったんですね。こちらこそ本当に、私達のためにありがとうございます」

二人してペコペコと頭を下げ合いながらも、自分の知らない間の出来事を知ることができるのは嬉しいことだと思った。

皆がそれぞれの出来ることをして星の命を救おうとしていることは、自分にとっての励みにもなる。

「いや、でも本当に、この7日間は皆さんずっとそわそわしてたんですよ。特にヴィンセントさんが、目で人を殺すんじゃないかってくらいピリピリしていて」

「いや、でも、ヴィンセントさんは普段から寡黙な人ですし……」

「僕も最初はそうかなとも思ったんですけど、あのシドさんですら『今のヴィンセントには近付くな』って言うもんですから、極力刺激しないように気を付けて──」

「何の話だ?」

「あわわ、ヴィ、ヴィンセントさん。何でもないです! ただイリスさんと飛空艇の話をしていただけで……」

どこから会話を聞いていたのか、少し不貞腐れたような顔をした彼が、クルーの背後から圧力をかけるように立っていた。

「すまなかったな、元からこういう目付きなんだ」

「ひっ、す、すみません!」

彼の皮肉混じりの冗談に、本気で怯えているようなクルーの彼がやや不憫に思えてしまった。しかしそれと同時に、彼が自分の居ない間にそれほど心配していてくれたことを知って、込み上げてくるものもあった。

「ふふ、大丈夫ですよ。ヴィンセントさんは冗談めかして言ってるだけです」

「もう、二人してからかうのやめてください! 僕の寿命が縮んじゃいます」

彼はそう言うなり、他のクルーに呼ばれて操縦席へと駆けて行った。

その場に残された彼の顔を見上げれば、今は表情を隠すマントがないからか、首をすくめている。

「ありがとうございます、ヴィンセントさん」

「何に対しての礼だ」

「心配してくれたことに対して、です」

「……あんな思いはもう御免だな」

珍しく素直な口調でそう言った彼に、愛しさが溢れてしまいそうになった。心配を掛けたことを申し訳ないと思う反面、自分を気に掛けてくれていたことが嬉しくもあった。

「もう離れたりしません。だから大丈夫です」

自分でも驚くほど素直に気持ちを言葉にしてしまい、それに対して彼も少し驚いたような顔をしていた。しかしすぐに目元に笑みを浮かべて、頭にぽんと手を置いた。

「ああ、離すものか」

その言葉が、声が、何よりも心強く、そして胸を熱くさせた。


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