無情
「おーい、ヴィンセント」
二人でお互いの気持ちを再確認するような会話をしていたところへ、どこか入りづらそうにしながらシドが声を掛けた。皆に、彼との何かしらの甘ったるい雰囲気を感じ取られることが恥ずかしいと、イリスは赤面しながらも、涼しい顔をすることに努めた。
「どうした」
「結局よお、南の島に向かうってことでいいんだよな?」
「そうだな。あの島の一帯を調べてみるのがいいだろう」
先程まで彼が地図を片手に、シドを含めたクルー達と会話していたのを横目に見ていたが、どうやら次の行き先が決まったらしい。
「どうして南なんですか?」
「ライフストリームの吹き出す場所ということは、隆起した土地の連なる場所ということだ。いわば火山活動が盛んな場所だな」
「なんだか難しいですけれど、そんなことが地図を見ただけでわかるなんてすごいです」
「お前も勉強するといい」
いつものように、頭にぽんと手を乗せながら語る彼の眼は、いつもより少しだけ誇らしく見えたような気がした。博識で気の利く彼の隣で、自分も何かできることをしようという前向きな気持ちにもさせてくれる。
「火山活動っちゅーことは、温泉もあるんちゃいますかね」
「温泉……」
ケット・シーの何気ない言葉に、イリスは雪山の街でのことを思い出した。女性同士で温泉につかりながら恥ずかしげもなく暴露話をしたことは、ある意味では良い思い出かもしれない。
ヴィンセントには他に想っている人がいるらしいと、そのとき熱い湯につかりながら話したが、結局彼は自分を想っていると話してくれた。彼の言葉に偽りが含まれているとは到底思えないが、しかし、彼がかつて「愛している」と言っていた女性が頭をよぎる。
「どうした、イリス?」
「い、いえ、大丈夫です。シドさんの操縦でなら、きっとひとっ飛びですね!」
「あったりめえよ!」
シドは飛空艇を操縦できることと、その腕前を褒められたことで、素直に喜びをあらわにしながら、うきうきとした足取りで操縦席へと向かった。
これから向かう先にクラウドの手掛かりがあることを祈りながら、しかし、イリスの心の中で、嫉妬心のような、悲しみのような、不安のような、それら全てが混ざり合ったような名前のつけられない感情がざわめいていることを、誰にも勘付かれまいと笑顔を保った。
飛空艇が降り立ったのは山間にある小さな村だった。目的地である島の上空を旋回していたときにレッド]Vが偶然見付けたもので、ひとまずはそこへ向かってみようということで話がまとまった。
「これはまた珍しい団体さんが来たもんだ」
皆で飛空艇を降り、ぞろぞろと村を目指していると、村の入口の小さなベンチに腰かけている老人に話し掛けられた。確かに、すぐ目の前に見える村には、穏やかでのどかな空気が流れていた。まるで他よりも時間の流れが遅いかのように、とても静かな場所だった。
そんな場所に武装した集団が押し寄せてきては、誰であっても声を掛けずにはいられないだろう。全員が、どう考えてもその場所に不釣り合いな緊張感を身に纏っている。
「いやあ、この辺りは温泉がぎょうさんあるっちゅー話を聞いて来ました」
こういう場合にはケット・シーがうまく話を通してくれることを皆も承知していたので、村の雰囲気を壊してしまいかねない訪問の謝罪と、人を探していることの説明は彼に任せることにして、皆は各々、聞き込みを開始した。
「……」
「ティファさん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。それよりも早く知りたいの、何か、どんなことでもいいから何か、クラウドの手掛かりになるようなこと」
飛空艇の自室で休憩を取らせたものの、彼女の顔はひどく疲れ切っていた。しかし、よくよく考えればそれは当然のことだったのかもしれない。大切な人の行方も、その安否さえもわからないまま、星の命を救う旅をするなど、自分には到底できないだろうと思った。
ただでさえ危機的な状況にある中、ティファに何もせずにじっとしていろということは酷であっただろうし、何か手掛かりになることを探している方が気も紛れるはずだった。そして何より、今の彼女を独りにすることはできなかった。
だからこそ、いつもならば皆の後ろを歩くイリスも、今回ばかりはティファを連れ立って、積極的に聞き込みを開始した。
「きっと大丈夫です。一緒に探しましょう」
「──もう一週間になるかの、海岸にうちあげられた、あの若いもん……」
「──ああ、むごいこっちゃが、でもあれは変だで、でかい大剣握りしめて……」
それは、二人が聞き込みを開始してすぐのことだった。こじんまりとした飲食店の店先で、村人が世間話をしているのが聞こえた。
「え、ちょっと、」
それを聞くなりティファは村人の元へぐいと近付いた。村人は突然のことに一瞬驚いた様子でティファとイリスを見比べて、何事かと立ち上がり中腰になっている。
「それって、誰のことを、……いや、その人は今どこに居るんですか?」
「あ、ああ、あっちの診療所に運ばれて──」
「……!」
ティファは目を丸くして息を呑み、そのまま村人の一人が指さした方向にあるという診療所へ向かって走り出した。イリスは呆気に取られている村人二人に礼を述べて頭を下げ、一目散に駆け出したティファの後を追った。
ぐんぐんと距離を離されていくティファの後ろ姿を見て、彼女が必死で、全速力で走っていることがわかった。とても追いつきそうにはなかったが、しかし見失わないように、イリスも全速力で彼女を追い掛けた。
診療所まで行く途中で、聞き込みをしていたシド達も、脇目も振らずに走ってゆく仲間二人を見て、何かあったのだろうと二人を追った。
「クラウド!」
「おやおや、そんなに慌てて、メテオでも降ってきたかねお嬢さん」
「あ、ええと……」
皆が診療所に着いたとき、ティファと、診療所の医師とが会話をしているのが聞こえた。肩で息をしながら話す彼女の声が、静かな診療所に響いていた。
「その、こちらで友人がお世話になっていると聞いて、」
「友人……?」
「一週間ほど前にこの辺りで見付かった、って」
「あの若者か! ああ、彼ならここにいる、すぐ隣の部屋だが……」
医師の言葉を聞くなり、ティファはその隣の病室の扉を開けた。そして、またも彼女がはっと息を呑むのがわかった。
イリス達も、はやる気持ちを抑えて病室を覗いた。そこには確かに、車椅子に座ったクラウドが居た。
まさかこれほど早く彼を見付け出すことができるとは、誰も思っていなかったに違いない。皆の間で安堵の溜め息が漏れた。
「クラウド! クラウド、よかった、探したのよ!」
「……」
「クラウド……?」
しかし、仲間を見て何の反応も示さない彼に、ティファが恐る恐る近付いていった。目の前に居るのは確かにクラウド本人だが、どこか様子がおかしい。
「クラウド、大丈夫……?」
車椅子の前で屈んで、彼と目線を合わせながら再度問い掛けたティファに、彼は何を答えるでもなく頭を揺らすばかりだった。
「クラウド……」
「あ……うう…………」
それは、意識が朦朧とした、彼のものとは思えないほど弱々しい呻き声だった。
「どうしたの、ねえ、」
咄嗟に彼の手を取ったティファは、彼をしっかりと見つめながら呼び掛けたが、返ってくるのは同じ呻き声だけだった。
彼の身に何が起こっているのか、全員が医師を振り返って説明を求めていた。
「彼はひどい魔晄中毒になっているようだ……ライフストリームの中を長いこと漂っていたんだろう。生きているだけでも奇跡だ」
医師の言葉で、先程までの安堵の空気は一瞬にして絶望へと変わった。目に涙を溜めて医師を見つめ、そしてもう一度クラウドに向き直ったティファの背中が泣いているのを、皆何も言えずに、ただ見つめることしかできなかった。
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