欠落に希望を

「ティファ……よかったぜ。大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ちょっと頬っぺた痛いけどね」

ティファは赤くなった右頬をさすりながらそう答えた。聞けば、先程スカーレットとビンタし合って勝ってきたのだという。

「女の闘いってカンジ……」

ぼそりと呟いたユフィの声に、皆で笑った。彼女が勇敢にも一人で脱出し、無事に帰還したことの喜びでもあった。

「それより、これ、どういうことなの? なんで飛空艇が?」

ティファは今一度ぐるりと辺りを見渡してそう言った。涼しげに空を飛んでいるこの艇は神羅のものではなかったのかと、不思議そうに呟いた。

「詳しい話は中でしましょか。とりあえず、この飛空艇は皆さんのもんですわ」

「そうなの!?」

ティファは驚き目を丸くした後、すぐに中へと駆けて行く。彼女が確かめたいことは皆も手に取るようにわかったが、それを告げる間もなく彼女は飛空艇の中に消えてしまう。

「……私達も中へ」

なかなかその場を動けずにいた仲間に、ヴィンセントが声を掛けた。走っていった彼女を追い掛けるように、皆でコックピットへと向かった。



「ようこそ、俺様の飛空艇ハイウインドへ!」

コックピットに向かうと、シドが自慢気に舵をきりながらそう言っていた。何人もの部下を従えて、自分の艇を操縦していることが心から嬉しいのだろうと、彼の笑顔を見て思った。

しかしティファの顔はひきつったまま、シドの声に応えることはなかった。

「どうした、もうちっと感激しろい!」

「シドってば……」

「お、おう……」

レッド]Vにたしなめられた彼は、静かに舵を手に取った。彼もまた、どこか空元気な声でそう言っていたのかもしれない。

「メンバー、足りないね……」

クラウドがいない。その事実を悟った彼女は、泣き崩れるでもなく、ただ呆然と立ち尽くしたまま足元だけを見ていた。

「ティファさん、ボク神羅の情報いくらでも流しますからね」

「……」

最早開き直ったように、そして元気付けるように言ったケット・シーの言葉にも、彼女は何も応えなかった。

「クラウドがいないとダメなのかな? オイラ達だけじゃ星を救えないのかな?」

「……わからない」

レッド]Vの言葉に、彼女は弱々しくそう言った。きっと何をどうしたらよいのか、それすらもわからない、という気持ちなのだろう。

「メテオが迫ってきて、ウェポンが暴れていて、そんなときにどうしたらいいのかなんて、私にはわからない」

「何言ってんだティファ! 俺達が乗っちまった列車は途中下車できねえぜ!」

「……クラウドが居てくれたら、全部解決するような気がするの」

彼女の声は震えていた。涙を必死に堪えているのが伝わってくる。大切な人の居場所も、その安否もわからない状態で、星を救うことを考えろと言うのも残酷な話だった。

「ティファ……オイラ達がクラウドだと思ってたのは──」

「わかってる」

レッド]Vの言葉を遮るように言いながら、彼女は頭を抱えた。

「わかってる……だからもう一度確かめたいの。もう一度会って、確かめたいの」

彼女は悲しみと混乱とで頭がいっぱいになってしまっているはずだった。

イリスは咄嗟に駆け寄り、彼女の手を取った。いつも強気な彼女の手が震えていた。

「ティファさん、一度部屋に行きましょう」

「……うん」

いつも強いティファが、今はまるで幼い子供のように見えた。それほど弱々しく、今にも壊れてしまいそうな彼女を見ているのはつらい。

一度静かな部屋で落ち着き、状況を整理した方が良いだろうと、手を引いた。

「ねえ、ティファ」

コックピットを後にしようとしていた二人に、レッド]Vがおずおずと話し掛けた。二人の足が止まる。

「北のクレーターの底で地面が崩れて、クラウドがそのまま地中の奥深くに行ったとしたら……ライフストリームの流れに乗っているのかもしれないよ」

彼の言葉に、ティファはやっと顔を上げた。彼女の心に希望の光が差したのだろうか。

そんな彼女の視線に気付いたレッド]Vは更に畳み掛けるように口を開く。

「そのライフストリームが海底すれすれを通っていて、ときどき地上に吹き出す、そんな場所があるって聞いたことがあるんだ」

彼女の瞳は僅かに大きく見開かれたようだった。まだクラウドが生きている可能性がある。ライフストリームの吹き出すという場所を探せば、彼が居るかもしれない。

「それ、本当に?」

「本当だよ、嘘なんてつかない。だから、もしかしたらクラウドも、その場所に居るかもしれないよ」

彼女の顔がやっと、ほんの少しだけ晴れた気がした。まだ希望はある。

「……会えるよね」

ぽつりと呟いた彼女の言葉に、皆は笑顔を向けた。

「きっと会えるよ」

「どこだって、このハイウインドでひとっ飛びだぜ」

彼女を勇気付けるように口々にそう言えば、彼女にやっと小さな笑顔が戻った。

そして、少しだけ時間をくれと言って、コックピットを後にした。イリスはそんなティファに付き添うようにして、彼女を部屋まで送り届けた。



ティファにあてがわれた部屋に着くなり、彼女はベッドにどさりと倒れ込んだ。枕に顔を埋めて、肩を震わせている。

泣いているのだろうとわかると、部屋に残るべきか、そっとしておくべきか悩んでしまう。

「ティファさん」

ベッドに近付き、投げ出された彼女の手を取った。手をそっと握れば、思いの外強く握り返される。

一人になりたい、しかし一人では不安に押し潰されてしまう。そんな気持ちが伝わってくるようで、もらい泣きをしてしまいそうになる。

「クラウドさん、きっと見つかります」

「……う、ん」

「さっき操縦士さんが地図を持ってたんです。地形まで書き込まれた地図でした。それを見たらきっと、どこからライフストリームが吹き出しているのか、見当がつけられると思うんです」

いつになく大人びた口調で、ティファを落ち着かせるように話すイリスに、ティファは顔を上げて目を合わせた。

涙に濡れた瞳から、少しでも不安を取り除きたい。そしてどんな手掛かりでも、希望に変えたい。

「クラウドさんに会えたとき、ティファさんが元気じゃないと、クラウドさんも悲しみます」

「……そうだね」

ティファは相変わらずベッドにうつ伏せになったままだったが、目はしっかりとイリスを見ていて、握り返された手の震えも収まっていた。

「今はきっとお疲れだと思うので、余計につらくなっちゃうかもしれませんけど……大丈夫です、みんなでクラウドさんを見つけましょう。だから今だけは、少しでいいので休んでください」

「……ありがと、イリス」

ティファはやっと笑顔を向けて、一度強く手を握った。

そのまま目を閉じた彼女に、イリスは暫くその場を動かないようじっとしていた。精神的にも身体的にも、疲労がたまっていないはずがない。

やがてティファの呼吸が規則的になり、握られていた手の力が抜けたことを確認すると、その手を慎重にベッドに乗せた。薄手のブランケットを掛けて、音を立てないように部屋を出た。


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