月と太陽の間

ヴィンセントはイリスを慎重に横抱きにしながら、薄暗い建物の中を駆けていた。複雑な構造に迷うこともなく、一目散にどこかへ向かっている。

「皆さんは無事ですか……?」

「お前はいつも自分より仲間の心配をしているな」

腕に抱かれたまま見上げた彼は、僅かに目を細めながらそう言った。きっと皆無事でいるのだろうと、ひとまず胸を撫で下ろす。懐かしい彼の笑顔に、先程までの不安が少しずつ消えてゆく。

「寒いだろうが、外へ出る」

「大丈夫です」

「エアポートまではすぐだ」

エアポートということは、ヘリコプターか飛空艇にでも乗り込むのだろうか。仲間がそんなものを持っていた記憶はないが、ひょっとして強奪でもするつもりなのかと不安になる。

「安心しろ」

こちらの心を読んでいるかのように言われた言葉で、本当に安心してしまうのだから単純だ。それほど彼の言葉には重みがある。

きっと慎重な彼のことだ、無鉄砲にここへ潜入した訳ではないのだろう。今は彼に身を任せようと、力の入っていた身体から緊張が少し和らいだ。



ふと周りを見てみると、どこか見覚えのある風景だった。それほど鮮明には覚えていないが、懐かしい記憶が甦る。やや廃れた街並みに、遠くから潮の香りがする。

「ここはジュノン、ですか?」

「よくわかったな」

彼は尚も走り続けながら微かに笑った。下から見上げる彼の顔は、いつにも増して美しかった。

確か以前に、ここから皆で船に乗り込んだことがあった。神羅兵の窮屈な制服に身を包んで首尾よく紛れ込み、船酔いするユフィとコンテナの片隅で話をしていた。バレットの水平服が妙に似合っていると、皆で笑っていた。レッド]Vが無理に二足歩行をしていたのを、からかいたくなる気持ちを抑えていた。

「懐かしいです」

その後すぐにセフィロスに連れ出され、ニブルヘイムの神羅屋敷で目覚めた。そこでヴィンセントに出会ったときのことを思い出し、懐かしさに目を閉じた。

彼は当初に比べて随分と物腰が柔らかくなった気がする。一匹狼のように振る舞っていた彼が、仲間を大切に思い行動している。



「妙だな」

ずっと迷いなく走り続けていた彼は、徐に立ち止まると周囲を警戒するように見渡した。

「どうしました……?」

「警備が一人もいない」

言われてみれば彼の言う通りだった。宝条たちのいた実験室から一歩外に出て以来、神羅兵どころか誰にも遭遇していない。

以前に神羅兵に紛れて乗り込んだときには、あちこちに警備兵が配置されていた。正面突破が不可能だからこそ変装をしてまで船に乗り込んだと言うのに、今はどこを見渡しても人の影がない。

「罠、でしょうか」

「そんなはずは……」

頭を働かせている二人の耳に、突然けたたましい音が聞こえた。

「緊急警報! 緊急警報! ウェポン襲来、総員直ちに配置につけ! 繰り返す!」

スピーカーがキンキンと音を立てて警報を流し、あちこちに設置されている非常ランプが赤く光っている。

「しまった」

「ウェポンって……あのウェポンですか? ここへ向かってるんですか?」

「急ぐぞ」

ガスト博士の残したビデオテープで聞いたウェポンの存在は、どこか非現実的で自分には関わりのないもののように感じていた。この星のどこかで、その姿を現すこともないまま、ずっと眠りについているものとばかり思っていた。

しかし、実際に今、ここへウェポンが向かっている。現に警備兵が総動員でそれを迎え撃っている。だからこそ警備が一人も見当たらない。

状況を理解しようと彼に訊ねようとしたが、更に険しい顔をして走る速度を速める彼に、今は静かにしていようと大人しく彼に掴まっていた。





彼が重い扉を蹴って開けると、冷えた風が吹き付けた。久しぶりの澄んだ空気を思いきり吸い込む。外は夕方だった。

「あれは……」

ふと空を見上げると、見たことのない紫の星が見える。太陽でもなければ月でもない。夜空の星などというほど小さなものでもない。空を占領するかのように燃えている、大きな隕石のようだった。

「……メテオだ」

「じゃあやっぱり、セフィロスさんが……」

クラウドが、北の空洞でセフィロスに黒マテリアを渡してしまったのは夢ではなかった。そして、セフィロスがメテオを呼び寄せると言っていたのも嘘ではなかった。

彼は本当に、メテオを呼び寄せてしまったのだ。

「……」

「詳しい説明は中でする」

絶望に顔を歪めたイリスに、ヴィンセントはそう言った。風を切りながら走り、すぐ大きなにエンジン音の聞こえる場所まで来た。

「シド! 頼む」

「おお、ヴィンセント! よかった、間に合ったぜ!」

大きな飛空艇の甲板から顔を覗かせているシドは、安堵したように手を振っている。彼はすぐに縄梯子を下ろし、ヴィンセントはそれを器用に上ってゆく。

「イリス〜! よかった、よかったよ……」

飛空艇に乗り込み、辺りを見渡せば、それは北の空洞から脱出した際に乗り込んだ神羅の飛空艇だった。

二人の帰還に気付き甲板に走ってきたユフィは、グズグズと鼻をすすりながらイリスに抱きついた。イリスも、ありがとう、と口にしながら彼女を抱き締め返す。

「さあ、中へ」

再会を喜んでいたが、ここで長話をしている時間はあまりないらしい。ヴィンセントは再びイリスを抱え直すと、飛空艇の中へと彼女を連れていった。


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