hero

「また君かね」

実験室にいるのは、白衣を来た宝条とその部下たち、そして未だ意識のはっきりとしていないイリスと、颯爽と現れたヴィンセントだった。

彼らは実験室ということもあってか、特に武装をしている様子もない。宝条に至っては、敵意を向けるというよりも、実験の邪魔が入ったことに苛立っているだけにも見える。

「……イリス」

彼らが抵抗しないとわかるやいなや、ヴィンセントはイリスの元へと駆けた。

先程彼の撃った弾がイリスの入れられていたケースに当たっていた。粉々になったガラスと溢れた溶液の上に座り込んでいる彼女が、ひどく小さく見える。

得体の知れない液体にまみれていることも構わずに、彼はきつく彼女を抱き締めた。

「ヴィン、セントさん……」

「遅くなってすまない、本当にすまない」

見たことのないほど弱々しく話すヴィンセントの背中に、ゆっくりと手を回した。

神羅ビルでセフィロスに抱き締められたときには、そんなことはしなかった。あのときは驚きと戸惑いばかりがあったが、今は心が満たされてゆくのがわかった。

会いたいと願っていた彼は、約束通りに助けに来てくれた。本当に、助けに来てくれた。

「……あ、」

言葉を発してすぐに咳き込んでしまうイリスに、ヴィンセントは優しく背中を撫でた。彼は纏っていたマントを脱ぐと、彼女の身体を隠すように覆った。

考えてみたら、また自分は裸体を晒してしまっていたのかと、羞恥心が大きく膨れ上がった。セフィロスと出会ったときは、こんな気持ちになっていただろうか。

どれをとってみても、彼はセフィロスとは違う。やはり自分のセフィロスへの思慕は、恋愛感情などではなかった。

「ありがとう、ございます」

しっかりと彼の目を見つめながらそう言った。助けに来てくれたことに安堵し、そして、他でもない彼が来てくれたことに、胸が熱くなった。



「イリスは返してもらう」

「ふん……どのみち実験は失敗した。丁度それの処分に困っていたところだ、好きにしたまえ」

「なんだと」

挑発的な、それでいて負け惜しみともとれる宝条の言葉に、ヴィンセントは過剰なまでに反応している。

片腕でイリスを抱き締めたまま、憎しみを込めた目で宝条を睨んでいる。

「ひとつ聞きたいのだが、その腕輪はどうしたのかね」

宝条の方も、ヴィンセントの表情など気にも留めていないといった顔で訊ねる。彼は自らの探求以外に興味がないのだろう。

「何故そんなことを聞く」

怒りを押し殺し、慎重に言葉を選んでいるヴィンセントの腕の中で、かろうじて意識を保ちながら二人の会話に耳を傾けた。

「やれやれ……本当に何もわかっていないのか。失敗作とはいえ、サンプルの無駄遣いもいいところだ」

「……何が言いたい」

イリスをサンプルだの失敗作だのと言われる度に、ヴィンセントは銃を抜きそうになった。今すぐにでも引鉄を引きそうになる気持ちを抑えている。

「それは命を魔力に換えることのできるサンプルだ。しかしその忌々しい腕輪がそれを阻止する。むしろ魔力を命に換えてしまう」

しかし宝条の放った言葉に、ヴィンセントは眉をひそめた。魔力を命に換える?

「話が矛盾している。魔力を命に換える? その"魔力"は元々命を削って唱えたものだろう」

「その通り。いわばそのサンプルは、本来の寿命が尽きるまで魔法を唱え続けられる。命を魔法に、その魔法をまた命に」

またもや狂気ともとれる笑顔で話す宝条に、ヴィンセントはきつくイリスを抱いた。

命を削って魔法を唱え、その魔法が削られた命を補う。ブレスレットを通して彼女のエネルギーは循環する。そう言いたいのだろうか。

話を聞いていたイリスの肩が僅かに震えた。

「しかし腕輪のおかげで魔力の増幅は不可能になった。兵器としては何の役にも立たんな。好きにしたまえ」

一瞬にして彼の目から興味が失せたようだった。最早こちらに背を向けて、次の実験に取りかかろうとしている。

これには流石の部下たちも、彼の異常な行動に不気味さを隠しきれていないようだった。

「貴様が始めたことだろう。何故それほど容易くイリスを見捨てられる」

「それに名前などない。ただのサンプルだよ」

こちらをちらりとも見ずに淡々と答える彼に、ヴィンセントは怒りを露わにしていた。今にも発砲するのではないかという状況に、宝条の部下たちは物影に避難し始める。

「貴様だけは……許さない」

ヴィンセントはそう言うと、構えていた銃をしまった。今は宝条と対峙することよりも、腕の中の彼女を安全な場所へと移すことが先決だ。



先程とはうって変わって、大切なものを愛でるような顔でイリスを見つめる。

「急いで脱出するぞ」

「……はい」

彼はイリスを抱え直すと、すくっと立ち上がった。マント一枚で身体を覆っているのは気の毒だが、今は脱出が先だ。

「安心しろ」

彼のその言葉だけで十分だと、彼女は頷いた。彼が安心しろと言ってくれれば、どんな状況でも安心できる。

彼は宝条たちには目もくれず、来た道を駆けて行った。呆気にとられた部下たちは、助かったと言わんばかりの安堵のため息をこぼしていた。


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