ふりだし

ひどく息苦しいのに、どこか懐かしい感覚がした。身体中がひりひりと痛み、時折ゴボゴボと水の音が聞こえる。自分はこの感覚を知っている。

「……」

いつか、神羅ビルの一室に居たときと同じだった。声が出せず、目を開くこともままならない気だるさに頭が痛くなった。

きっとまた、身体中を管で繋がれ、正体不明の溶液の中に閉じ込められているのだ。あの時と同じように。



北のクレーターで宝条が、命を魔力に換えていると言っていたのを思い出した。何のマテリアを装備することもなく魔法を唱えることができたのも、今ならば理解できる。

命を削って魔法を唱えていたのだ。

「……ン……ト」

ヴィンセントさん、と口にしようとしたが、その声は自分の耳にすら届かずに消えてしまった。咄嗟に口をついて出た名前に、泣き出しそうになる。

彼や他の仲間は無事だろうか。

誰もここの場所を知らず、自分がここに捕らえられていることもわからず、本当にこのまま宝条の思い通りに神羅の武器として使われるのだろうか。

とても申し訳なかった。結局何の恩返しもできないまま、彼らを攻撃するモンスターのようになってしまうなど、考えたくもなかった。



──イリス、必ず助けに行く──

ふと、最後に聞いた彼の言葉を思い出した。自分を庇って撃たれたにもかかわらず、じっと目を見てそう言ってくれた彼の顔が忘れられない。

「……」

会いたいと、心からそう思った。

彼の善意を曲解して、勝手に好意を抱いてしまった。そのことで彼に迷惑を掛けてしまっていたかもしれない。

彼は愛する女性がいると、初めて会ったときから言っていたというのに。いつの間にか彼が心の中に入り込んでしまった。心の中に入れてしまった。

自我を失ってゆくとも、宝条は言っていた。何もかもがわからなくなってしまうのだろうか。皆と居た記憶も、この恋心も、忘れてしまうのだろうか。

それならばいっそ、何もかもわからなくなってしまう前に、彼に言っておけばよかった。しかしそんなことを伝えたら、彼はきっと困惑してしまうだろう。

やはり、何も言わず何も伝えず、この想いはしまっておいた方が良かったのかもしれない。これで良かったのかもしれない。



「電流もきかないか」

憂鬱な気持ちに飲み込まれそうになっていたとき、自分が入れられているであろうケースの外から声が聞こえた。くぐもっていてはっきりとは聞こえないが、耳を澄ませば何を言っているかはわかる。

「まったく、誰だ、サンプルを台無しにしたのは」

コツコツとケースを叩く音が聞こえる。きっと目の前にいるのは宝条なのだろう。苛立った様子の声で何やら部下に指示をしている。

「何としてでもこの腕輪を外せ」

腕輪? 彼はこの腕輪を外そうとしているのだろうか。先程から、電流だのサンプルが台無しだのと言っていたのも、この腕輪が原因ということだろうか。

そうだとしたら、自分はセフィロスに救われたことになる。理由も告げずに付けられたこのブレスレットが、本当の意味で役に立っているのかもしれない。

怒りも憎しみも、セフィロスがくれた贈り物。

そうクラウドは言っていた。自分に向けられていた家族の愛情も、クラウドと同様に、セフィロスを忘れないための"贈り物"なのかもしれない。

そしてこのブレスレットも、セフィロスの元へと辿り着くまでに、命を吸いとられきるのを防ぐためのものだったのかもしれない。

これがなければ、今頃自分は魔力に蝕まれて死んでいたのかもしれないと思うと、恐ろしくなった。



「おい、なんだ」

しかし、全ては憶測の域を出ない。何が真実なのか、この目で確かめ、この耳で本人の口から聞きたい。

そして、出来ることならば、この妙な身体から解放されたい。仲間に迷惑をかけるようなことだけは絶対にしたくない。

「実験の邪魔だ」

そしていつか彼に会いたい。もう一度会って、感謝を伝えたい。護ってくれたことを、はじめから全て感謝していると。



涙が溢れたのを感じたのと同時に、イリスの思考は突然に遮られた。ダンッと懐かしい音がしたかと思えば、今度はガラスが割れる音がすぐ近くで聞こえた。

「イリス……!」

何よりも今、最も聞きたかった声が聞こえた気がした。痛みを堪えてやっと目を開けると、裸でずぶ濡れのまま床に座り込んでしまっている。

神羅ビルの部屋よりも狭く暗い部屋に、何人かの部下を連れた宝条がいた。彼らはこちらを見ることもなく、部屋の入り口の一点を見つめていた。

彼等の視線を追いかけると、その先に居たのは、銃を構えたままの、ひどく懐かしい彼の姿だった。


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