悋気

「すまない、誰かいないか!?」

山小屋にたどり着くなり、クラウドは扉を叩きながら呼び掛けた。猛吹雪の中を歩き回ってやっと見付けた小屋に、皆の気持ちも急いていた。

それは寒さからだけではなく、ぐったりと力なくヴィンセントに背負われているイリスのためでもあった。

「おお、これは珍しい!」

すぐに小屋に灯りがつき、中から初老の男性が一人出てきた。部屋から暖かい風が流れ出ている。しかし玄関先で悠長に話をしている時間すら惜しいと、クラウドはいつになく早口で話す。

「突然で申し訳ないんだが、中へ入れてほしい」

「こんな吹雪でよく来たな、さあ中へ」

初めは驚きつつも笑顔で中へ招き入れてくれた男性だったが、担がれたイリスを見るなり、慌てて小屋の中へとすっ飛んで行き、暖炉の火を大きくした。

それに続いて、ヴィンセントを先頭に皆も小屋へと入って行った。

「彼女を暖炉の近くへ座らせてやってくれ」

ヴィンセントがそう言うと、皆当然だと言うように頷いた。イリスを暖炉の横の壁に寄り掛かるように座らせると、彼もその隣に腰を下ろし、彼女に降りかかった雪を払った。

そして冷たくなっている身体を温めようと、腕を回して背中をさする。イリスは時折咳き込んでは、苦しそうに目を閉じていた。



「君たちはあの絶壁を登るつもりなのか?」

暫くして皆の冷えきった身体が温まってきた頃、男性はやや険しい表情でクラウドを見た。

「ああ、どうしても行く必要がある」

「そうか……くれぐれも気を付けてな。少しここで休んでから行くといい。それと、いつでもここへ休みに来てくれ」

「それは助かる、恩に着るよ」

男性は皆に温かい飲み物を出して、寛げるよう毛布まで配った。それに感謝しながら、皆は少しでも体力を回復させようと各自休み始める。

絶壁を登るのは確かに厳しい道のりになるだろうが、それはあくまでも過程であって、本来の目的であるセフィロスとの対峙は更に過酷なものになるはずだった。

いつもより緊張した雰囲気の中、静かに時間が流れていった。



「……ヴィンセントさん」

「大丈夫か」

「はい、だいぶ……」

そう言ってまた咳き込むイリスだったが、先程よりも顔色が良くなり、目もしっかりと開いて話しているところを見ると、幾分か回復したのだろう。

ヴィンセントは安堵の表情を浮かべて彼女の頭を一度撫でた。

「また迷惑かけてしまいました」

「気にするな。回復すればそれで良い」

「あの……」

壁にもたれ掛かっていたイリスは背筋を伸ばすと、そっとヴィンセントの目を見た。やや気まずそうな顔をしながら、何か言いたそうに口をまごつかせている。

「私、ニブルヘイムの屋敷で、ヴィンセントさんの優しさに甘えるのが嫌だって言ったと思うんですけど……最近はもうずっと甘えっぱなしで、その、全然しっかり出来てなくて、迷惑ばかりかけてしまって……」

だんだんと消え入りそうな声になりながら、不安げに話す彼女はいつもより小さく見えた。

「でも……」

一度逸らした目を再び彼の瞳に向けて、不安を抑え込むようにして口を開く。

「私、しっかりします。エアリスさんの分まで……なんて言うのはちょっとおこがましいんですけど、でも、しっかりします」

「先程も言ったが、そのままでいい」

「でも」

「頼ることと甘えることは違う」

そっと手を取りながら言う彼の言葉は、いつもより優しく彼女を包んだ。握られた手がどんどん熱くなっていく。

「お前を護ると言った、護られることは甘えることではない」

「は、い……」

「イリスが自分を肯定できるまで何度でも言う」

わずかに口角を上げた彼に、思わず顔が赤くなる。ここのところ、彼は以前にも増して心の中へ入り込んで来ている気がする。

いい子でいる、しっかりする、と彼に宣言する度に、彼は護ると返事をした。話をすり替えているのだろうかとも思ったが、よくよく考えてみれば、甘えてばかりでお荷物になっているのではないかという不安から、そう宣言していたのかもしれない。

そうだとすれば、彼は心を見抜いているのだろう。自分を肯定できるまで何度でも言うと、そう言ってくれた彼は、イリス自身よりもイリスの心を知っているかのようだった。

「ありがとうございます」

「ああ」

「それと、だいぶ身体も暖まって、体調も良くなりました」

「……そうか」

恥ずかしさから話題を変えようとしたが、彼の方は一変してどこか険しい表情になる。

「セフィロスが近いのかもしれないな。或いは、先の街で見たビデオにもあったが……この辺りに集まった星のエネルギーの影響か」

「セフィロスさんが……」

セフィロスという言葉に敏感になっている彼女に、ヴィンセントは握っている手の力を強めた。驚き顔を上げたイリスは、ヴィンセントと目が合う。

「怖くはないのか」

「それは……勿論怖いですし、腹も立ってます」

「今でも慕っているのは何故だ」

「えっ? 慕っている……そうですね……初めて会った人だからですかね、それか、兄だと言われたから……」

珍しく問い詰めるような口調で話す彼に、少したじろいでしまう。それでも正直に答えようと話したが、彼の方はどこか納得のいっていない顔をしている。

「でも今は、前みたいに慕っているだけ、という訳じゃなくて……目を覚ましてほしいとか、罪を償ってほしいとか、エアリスさんに謝ってほしいとか、そんな気持ちの方が大きいです」

「……そうか」

「はい。だからこそ、セフィロスさんのことを止めたいんです。もうこれ以上の犠牲を出したくないです」

話しているうちにイリスの方も手に力が入ってしまい、思わず握り締めていたヴィンセントの手をぱっと離した。

また幼稚なことをしてしまったと思ったが、彼の方はどこか満足したような顔をしていた。


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